第299話・大天使アグニ
クライアントさんはさぞ驚いたことだろう。
絶対安全圏と思われた屋上へ、会場の天井をぶち抜いて竜王級が突然現れたのだから。
「はっ、やっぱここだったか……ノイマンの読みは大当たりだな」
着地した先に立っていたのは、タキシードを身に纏った長身の男。
それだけならば普通の人間だが一点、絶対的に違う箇所があった。
「ほぅ、まさかここが看破されるとは。正直驚きましたね」
背中から生える純白の翼を折り畳んだのは、先日世界の理を変えて神になろうとしたルールブレイカーのボスと同じ種族。
人間など本来足裏にも及ばない、強大な大天使だった。
「この様子だと……下の闇ギルドくんたちは、君たちによって壊滅させられたと見て良さそうだ。君を消耗させることもできずにね」
「やっぱそれ狙いだったか」
「当然でしょう、彼女たちの持つ神器やアーティファクトを手に入れるための最大の障害が君なのですから。竜王級アルス・イージスフォード」
さすがに大天使。
今まで殆ど看破されたことのない変装を、アッサリ見破ってくる。
だが––––
「じゃあやることは決まってるな」
俺の身体を黄金のオーラが激しく包み込んだ。
『身体能力強化』への変身で、暴風が吹き荒れた。
「どういう目的で宝具集めしてんのかは知らねえが、まぁぶっ飛ばしてから聞くことにするよ。歯食いしばれッ」
天井を蹴った俺は、ヤツがまばたきした瞬間を狙って一気に肉薄。
全力の拳を打ち込んだ。
「チッ……!」
「ぬぅ……ッ! 一瞬腕が砕けたかと思うほどの威力、あのスカッドが倒されたのも頷けますね」
攻撃は見事にガードされ、ヤツを10メートルほど押し込むだけに終わった。
間髪入れずに、空中を飛んでの回し蹴りを叩き込んだが、これもヤツが広げた翼によって相殺。
「さすが大天使だ、下の間抜けどもとは違い過ぎるな」
「お褒めに預かり光栄です」
一旦距離を空けた俺へ、今度は向こうから攻撃を仕掛けてきた。
「『エンジェル・リンク––––コード2!『アルファ・ブラスター』!!」
きた、スカッドも使った神力を使う高威力魔法……!
広げた手のひらから、極太の超熱線が放たれる。
ここで避ければあの威力だ……、せっかくユリアが張ってくれた結界は一撃で破壊されてしまうだろう。
させるかよッ。
「はっ!!」
変身を『魔法能力強化』へ変更。
紅色のオーラに包まれた手を、熱線目掛けて向けた。
「『レイド・スパーク』!!!」
同じく超高密度の電撃が発射された。
威力はほぼ互角……僅かに向こうが上だったが、なんとか打ち消すことに成功する。
「さっき、あなたはなぜ宝具を欲しがるのか気になってましたね?」
「ッ!!」
背後からの声。
すかさず『身体能力強化』へ移行し、裏拳で背後からの打撃を封じる。
結界全体を揺らす激しい攻防が、俺と大天使の間で繰り広げられた。
「あぁ、良ければ教えて欲しいもんだがなッ」
「我が主––––大天使ミニットマン様が主催される『パーティー』、それにどうしてもいくつかの宝具が必要なのですよ」
「ミニットマン? お前とは別の大天使か?」
「おっしゃる通り、私は名をアグニと申します。一応これでも大天使です」
「思った通りだ」
互いにまたも距離を取り、睨み合う。
「お前……大天使スカッドより遥かに強いだろ、おまけにこれだけやっても息を切らさない。本気すら全然出してないな?」
嫌な話を聞いてしまった。
こんな化け物1人でも十分厄介なのに、それが部下に過ぎず主人の大天使がまだ控えているとは。
「本気を全く出していないのは……あなたも同じでは?」
「へっ、じゃあお望み通り出してやるよ」
「いえ––––それには及びません」
手を上にあげたアグニが、初めて笑った。
「竜王級に本気を出されては、いくら私でも五体満足で帰れませんので」
指がパチンと鳴らされた瞬間、全く予想外のことが起きた。
俺の『身体能力強化』が、強制的に解除されてしまったのだ。
「フーン。なるほど……これがお前の持つ能力か、大天使アグニ」
「そう考えてもらって大丈夫です。これでもう得意の変身はできません、ここからは逃げられませんよ……? 万策尽きた竜王級?」




