第296話・賢竜と魔壊竜
ブースを木っ端微塵に吹き飛ばした男は、高笑いより先に寒気を覚えた。
そこは、あらゆる物が全く動いていない時の静止した空間。
これは……『魔法結界』か!?
なぜこんな高等魔法が発動されている。
今ので最低でも20人は殺せたはず……。
特に、至近距離にいたあの金髪女は––––
「やはり、底辺テロリストの思考は読みやすいですね。同じ悲劇は繰り返さない––––そのためにわたし達は今日来たのですから」
魔力爆発を正面から受けたユリアは、男の期待と裏腹にピンピンしていた。
それどころか、不気味に微笑んで見せる。
「おや、ひょっとして……たかが魔力爆発程度でわたしを殺せたと思いましたか? 残念ですが、こうして結界を張るくらいには余裕がありますよ」
「お前……何者だっ! ただのガキじゃねえだろ!!」
「はい、おっしゃる通り––––わたしは普通の女の子じゃありません。古代帝国の末裔にして超天才魔導士」
ユリアの身体から膨大な魔力が噴き出た。
直後に空間から現れた黄金のハンマーは、予想される質量とは裏腹に軽々と振り回された。
「とっても怖い、竜王級の彼女です」
勝負は一瞬でついた。
いや……勝負と言っていいかすら不明だ。
男の反応速度を遥かに上回った、ハンマーによる打撃が巨漢を殴り飛ばした。
建物を突き破って、男は敷地外の地面へ落着。
胸に下げた『フェイカー』はアッサリ砕かれ、テロリストは完全にノックダウンした。
「いや〜アレだね、ユリっていつも容赦ないよね。瞬殺じゃん、もっと色々喋らせてあげても良かったんじゃないの?」
寄ってきたアリサに、ユリアはフンと鼻を鳴らした。
「テロリストに渡す時間なんてありません、わたしは男性相手なら会長にしか時間を作りたくないんです」
「まぁ同感だけどね〜、ってかユリ『魔法結界』使えたんだ。範囲も会場全部覆うくらい広いし」
「会長に使えて、天才のわたしに使えない道理はありません。それよりアリサっち、タブレットを確認してください」
ユリアに促され、再び鞄からタブレットを取り出すアリサ。
画面をつけると、ノイマンから5分前に着信があった。
敵の写真と武器スペックが羅列されている。
「テロだって、フェイカーと自動小銃で武装したテロリスト24人」
「今ので1人減らしましたから、後23人ですか……夏コミの時と比べて戦力が異常に増えましたね。さしずめ、目的とクライアントが変わったということでしょう」
「っと言うと?」
「こないだミライさんを襲った自称スーパー大怪盗、そいつの姿がないので断言できませんが。おそらく敵の狙いはわたしたちです」
「フーン、狙われる理由なんて作ったかな」
言い終わったと同時に、アリサの髪が淡い紫色へ変化した。
高速で向かってきた光の槍が、次々と彼女たちの眼前で消滅する。
アリサのスキル、『マジックブレイカー』だ。
「うん訂正、思いっきり天界や天使に喧嘩売ってたね……わたしたち。っとなると––––」
煙の奥から魔法陣の明かりが見える。
アリサは自身の持つ魔壊の力で、それら全てが『フェイカー』によるものだと確信した。
「スーパー大怪盗さんと同じく、ユリとミライさんの神器やアーティファクトが目的かな? もしくは––––アルスくんの力」
「フフッ……」
隣で立っていたユリアが、頬を吊り上げた。
「このわたしから神器を奪う? そんな愉快なことを企む痛快なおバカさんたちには––––」
宝具『インフィニティー・オーダー』を握ったユリアは、妖艶な笑みを向けた。
ついでに、尋常ではない規模の魔力を放出しながら呟く。
「たっぷりと絶望を味わってもらいましょう。アーティファクト怪盗の前座としてちょうど良いです、アリサっち。共闘しますよ」
「ユリ1人でも十分な気がするんだけど」
「会計でミスしたんですから、せめてここで挽回してください。じゃないと打ち上げの焼肉なしですよ」
「マジか〜」
気だるそうな声と共に、アリサの全身を莫大なオーラが覆う。
髪と瞳はアメジストのような紫色へ輝いた。
竜の力が顕現した姿––––『魔壊竜の衣』へ変身したのだ。
「いいよ、アルスくんにはわたしもカッコいいところ見せたいし。竜王級の彼女としてね」
賢竜と魔壊竜。
対峙したテロリスト10人は、給料分の仕事をこなす自信をこの時点で砕かれた。
だが、ユリアの魔法結界に囚われた時点で撤退は不可能。
敗戦率100パーセントの戦いへ、彼らは哀れにも身を投じることとなった。




