第295話・作り手に対する冒涜
「てめっ!! 何しやがる!!」
暴れる男を意にも介さず、手首をつかんだ状態のユリアは冷めた表情で見上げる。
「なにしやがる……はこっちの台詞です、貴方が行っていることは全ての創作者への冒涜行為ですよ」
「はぁ!? 何を根拠にそんな––––」
「アリサっち」
「ほいほーい」と出てきたアリサが、サークル主へ渡されようとした硬貨を見せた。
最初こそ意味がわからないといった様子の彼だったが、しばらくしてようやく500レルナ硬貨ではないと気づく。
「そんなっ、アンタ……これで僕を騙そうとしたのか!?」
涙目のサークル主へ、男は悪びれる様子もなく声を上げた。
「騙す? 人聞きの悪いこと言ってんじゃねえよ。原価代だと思えば50ネーデル硬貨で十分足りるだろ?」
「原価そのままで売れるわけないだろ!! 僕がどんな思いでこれを描いたと思ってる! さっきアンタも労ってくれたじゃないか!」
「嘘に決まってんだろ……なにマジになってやがる、その50ネーデルが適正な値段だと教えてやってんだよ」
傍若無人すぎる男の態度にため息をついたユリアは、手にドンドン力を込めていった。
「さっきから聞いていれば、随分と悪質極まる態度ですね。それが作り手に対する言葉ですか?」
「テメェはいつまで掴んでやがる! サッサと離せッ!!」
男がポケットからナイフを取り出すのを、ユリアは見逃さなかった。
腕から離れ、すかさず机に置いてあったペンを握り、振られたナイフを防いだ。
「やはりリスペクトを抱かない人間のナイフは軽いですね、上部だけの悪人のなんとしょうもないことか」
「なんだとッ!!」
決して切れ味の悪くないナイフを、ユリアは魔力強化もなしに捌き続けた。
ペンが特別頑丈なわけじゃない、受け止める角度を常に計算し、最も折れにくい箇所で弾いているのだ。
竜王級アルス・イージスフォードの振る銃剣に比べれば、いなすのは至極簡単だった。
いや、簡単という言葉にすら失礼なほどだ。
「クッソオオォッ!!」
巨漢から見れば、こんな小さな少女が全力の攻撃を受け流す光景が不可思議そのものだった。
「そろそろですかね……」
ユリアが軽くペンを振るうと、男はアッサリ力負けして尻餅をついた。
「ユリー! 連れてきたよー!!」
向こうから走ってくるアリサの背後には、赤色の制服を身に纏った数人の男たち。
事態を聞きつけた、王国警務隊だった。
「ここまでです、大人しく捕まってください」
「なんで……ゼェっ、てめえみたいな女の持つペンごときに俺が」
「あら、ペンは剣よりも強いのですよ。留置所でゆっくりお勉強してきてください」
「へっ––––そうかよ」
男の胸が淡く光った。
それは瞬く間に広がり、膨大なエネルギーとなる。
「ちょっと時間には早いが、ここで使うっきゃねえなァアアっ!!」
あらゆる物事が同時に起こった。
まず男の体内から莫大な魔力が溢れ、周囲の全てを吹き飛ばそうとした。
それをさらに早く察知したユリアの瞳が、眩く輝きを放つ。
「『魔法結界』」
全ての時が隔離された瞬間、ブース周辺は大爆発に包まれた。




