第294話・犯人をとっ捕まえます!
ユリアとアリサは、盛況極まるコミックフェスタ会場内を走っていた。
「こう人混みが凄いと、人間1人を探すのもずいぶん苦労しますね……まさしく木を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中と言ったところでしょうか」
「まぁ普通にやって見つかるわけないよね、でも––––」
すかさず鞄からタブレットを取り出すアリサ。
画面を開き、チャットアプリで友達欄のノイマンを選択。
そこから1秒も経たずに、監視カメラの映像と男の推定移動ルートを記す写真が送られてきた。
「こっちには元ルールブレイカーの最強AIがついてるもんね、ユリ!」
「場所は?」
「東館の企業ブースに向かう途中、最後にもう1サークル寄ってくみたい」
「急ぎますよ、これ以上被害者を増やすわけにいきません」
◆
「まっ、こんなもんだよなぁ……」
メガネを掛けた男が机の前でぼやく。
目の前には、まだ売れ残った本がたくさん積まれていた。
「売れるサークルはとことん売れるらしいけど、俺は全然だなぁ」
ここ『ドミネーション』は、ようやくの思いでコミフェスに参加した個人サークルだ。
ユグドラシルで僅かなファンを持つ彼は、たった1人必死に大好きな漫画の二次創作を描き上げた。
刷った部数は50冊ほどで、クオリティにはかなりの自信を持っていたのだが……。
「現実は甘くないなぁ、これじゃマジ赤字確定……ジャンルがニッチ過ぎたか?」
1冊手に取りながら、またも呟く。
今日に至るまで、寝る間も惜しんで新刊を描き上げた。
投資も十分に行い、資料や印刷費を含めればかなり無理をしての出店だった。
それでも男は後悔などしていない、予想を下回ったものの本は数冊売れたのだ。
自分が必死で作った本を、誰かに買って貰える。
この事実だけで、もはや金銭的なマイナス面をひっくり返す程に彼は嬉しかった。
人気サークルとまでは行かないが、あと1冊でも売れたら御の字……そう思っていた時––––
「へぇ、お兄ちゃん。これ全部1人で描いたの?」
ブースの前で立ち止まったのはそこそこ巨漢と言っていい人間。
男はサークル主の前で、本を取った。
「えぇまぁ……赤字は確定ですが、俺の作った本が売れただけで今日は収穫です」
「へぇ、宿代とか交通費含めたらずいぶん高かったでしょ? 気高いなぁ……尊敬しちゃうよ」
巨漢はバッグから財布を取り出すと、硬貨を指で挟んだ。
「1冊500レルナだね? お兄ちゃんの健気さと表紙に感動したから買うよ」
「ほっ、本当ですか!? ありがとうございます!!」
これだ、こうして直にお客さんとやり取りでき、新しい出会いが待っている場所こそコミフェスなのだ。
この500レルナは、ただの硬貨じゃない。
想いが詰まった、大切な“体験”なのだ。
ウキウキのサークル主が硬貨を受け取ろうとした刹那。
「あん?」
巨漢の腕が、比較にもならないくらい細い手に掴まれた。
サークル主も驚いて顔を上げると、まさしく絵に描いたような金髪の可憐な少女が立っていたのだ。
サークル主はドギマギして声が出せなかったが、巨漢は別だった。
「なんだ……お前っ」
「お邪魔して大変申し訳ありません、失礼ですが……その硬貨をよく見せてもらって良いでしょうか?」
「あんっ!? 人の売買をなに邪魔してやがるッ!!」
最初こそ軽く力を込めるが、手首を掴んだ少女の腕は微動だにしない。
しまいには全力で振り解こうとするが、岩に呑まれたように手は動かなかった。
「その抵抗は––––疑惑の肯定と受け取りました」
「アガッ!!」
少女が軽く力を込めると、巨漢の手からアッサリ硬貨が落ちる。
床を転がった先で、銀色の髪を下げたコスプレイヤーがそれを拾った。
「どうですか? アリサっち」
問いかける金髪の少女へ、硬貨をつまんだ女の子はニッと笑う。
「ビンゴだよユリ、間に合って良かった」
それは取引に使用される正当な通貨ではなく、遥かに価値の及ばない50ネーデル硬貨だった。




