第293話・リベンジ
2人を見送った俺は、アリサの代わりにとりあえず会計の役目を担うこととした。
売れ行き自体は好調なもので、既に200冊ほどが売れていた。
アリサは責任を感じていたが、改めて硬貨の入った袋を持つと重さが凄い。
この中から、むしろよく別の硬貨を見つけたもんだ。
「まさかこんなことがあるとはな、お前の言った通り……コミフェスは戦場だ」
「そうね……ちょっとショックだけど、でもなんだろう、不思議な気分」
「不思議?」
既に受け取った硬貨へまだ紛れていないかチェックする俺の横で、ミライがつぶやいた。
「だって半年前はエーベルハルトさんもアリサちゃんも、わたしのサークルに入ってなかったじゃない?」
「そりゃ……なぁ。ユリアに至っては当時敵対関係だったし、俺も女装が嫌で結局逃げちまったからな」
「うん……だからさ、こうやってみんなが一致団結して悪質犯に立ち向かうことが、なんだか夢みたいで」
既に散々ルールブレイカーとやり合っただろ、っと言いかけたがやめる。
たしかに、この半年で俺たちを取り巻く環境は劇的に変わった。
ミライがそう感じるのも普通、ある意味自然なことだ。
「夢じゃなくて現実だよ、今や敵対していたユリアはああして元スパイのアリサと一緒に走って行ってくれた。全く頼もしい限りだ」
「ねぇ……アルス」
「なんだ?」
人混みを前に、ミライはどこか遠くを見るようにして言う。
「わたしとエーベルハルトさん、そしてアリサちゃんはあんたの恋人になったわけじゃない?」
「まぁ……そうだな、ウチの生徒会役員は物好きの巣窟だよ」
「そうね……とっても物好き。けどエーベルハルトさんとアリサちゃんはしてて、まだわたしとだけしてないことがあるの。わかる?」
「してないこと?」
一体なんの問いだ?
ユリアとアリサはもうしてて、ミライだけ俺とやってないこと。
告白……はもうしたよな? じゃあキスか?
いや、これはもう結構日常の合間で頻繁にやってしまっていることだ。
昨日だってミライと同じベッドで寝たし、恋人として違和感のないことは一通りやっているつもりだ。
「してない……こと」
やっべぇ……全然わかんねえ。
これアレだろ、女子特有の「わたしがなんで怒ってるかわかる?」的な抽象的極まる質問だろ。
これは不味い、ここで即答できなければミライとの関係にヒビが入るのではないか?
だが一体どういう意味だ、サッパリわからん。
頭を抱える俺を見かねたのか、ミライは僅かに微笑んだ。
「フフッ、時間切れ……じゃあ答えを––––」
そこまでミライが言ったところで、俺のポケットに入っていたミニタブが音を立てた。
ノイマンだ。
『良い雰囲気のところすみません、あえて水を差しに来ました』
「ほんっと良い性格してんなお前……、わざわざなんだよ?」
仰々しく、タブレットの全画面に赤と黒で【緊急アラート】のレイアウトが映し出された。
『会場周囲の監視カメラや、群衆のタブレットをハッキングしてずっと監視していたのですが……どうも竜王級の予想通り、“お客様”がいらっしゃったようです』
「そうか、嫌な予想ほど当たることは認めたくないが……。人数と武装は?」
『24人、武装はミハイル連邦製アサルトライフルと魔導具フェイカー。会場の警務隊でかなう相手ではありませんね』
俺は金を袋にしまうと、立ち上がって背を伸ばした。
「ってことだミライ、答えは今度聞かせてくれ。概要的に例のめちゃクソ強いアーティファクト怪盗じゃなさそうだが……ノイマン。アリサは鞄を持って行ってたな?」
「スーパーAIを舐めないでください、既にアリサさんのタブレットへ上記内容を送信済みです。連中の写真付きで』
「よっし、じゃあ––––」
俺はキッと目を見開いた。
「夏コミでは叶わなかったが、今回こそ……フェスタをテロリストから守り切るぞ」




