表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

292/497

第292話・アルスフィーナ再び

 

「いらっしゃいませ、こちら新刊500レルナになります! 今日は来てくださってありがとうございました!」


 俺は今、人生最大の屈辱と恥辱を味わっていた。

 纏う服は女子用のプリーツスカートにブレザー、頭はいつもの灰髪ではなく長い黒髪が下げられている。


 アリサのメイクも相まって、見かけはどこから見ても美麗女子。

 そう、これは俺が禁忌としているもう1つの姿––––


「さすが会長! いえ……アルスフィーナさん! 売り子として完璧ですよ」


 隣で同じく売り子をしていたユリアが、感嘆とか尊敬とか色々を込めた眼差しを向けてくる。


「まぁね〜、わたしのメイクに掛かればアルスくんを美女に変えるくらい造作もないことだよ。ちゃんとボイチェン・キャンディーで声も変えてるし、完璧だよ」


 ぶん殴ってやりたいほどのしたり顔で、主犯のアリサが受け取ったお金をまとめていた。

 本来なら二度と女装などしないつもりだったが、今回ばかりはそうもいかないのが実情。


 歯を食いしばる俺の横で、ミライが薄い本を束ねる。


「けどしょうがないわよね〜、こうでもしないとアルス目当ての野次馬が殺到するのは目に見えてるし。むしろこのナイスアイデアを考えたわたしをギュッと抱いてくれても良いくらいよ?」


「昨日の夜散々抱いただろうが……、もっと他にアイデアは無かったんですかねミライさん?」


「あったらとっくに言ってるわよ、まぁうん……アリサちゃんとカップル組ませて百合展開。こういう妄想も悪くないわねー」


「お前は彼氏を女装させて、挙句に百合妄想を展開するのになんの抵抗もないのか……っ」


「ないわね、なんだったらわたしが男装してアンタとBLするのに躊躇とか無いから」


 俺はなんて恐ろしい彼女を作ってしまったんだ……。

 悔やみはしないが、恐怖で身震いしてしまう。


「ミライさん!!」


 椅子に座ったアリサが勢いよく挙手。

 妄想癖を拗らせるミライへ、何か言ってくれるかと期待の眼差しを向けるが––––


「わたしは受けが良いです! アルスフィーナさんは攻め、これ以外受け付けません」


 訂正、こいつも同類だった……。

 だがしかし、女装も一概に捨てたものではなく––––


「お姉さん綺麗だねー、女子だけのサークル? 女の子がこういう薄い本作って売るのはどういう気持ち?」


「あー……虚無っすね、500レルナどうもー」


 意外と俺を、竜王級アルス・イージスフォードと看破する人間はいない。

 確かにコミフェスを純粋に盛り上げる中で、俺が不必要に目立つのは祭りの興を削いでしまうだろう。


 今回ばかりは……、ミライの案が正解だったか。


「……ん? アレっ、ん!?」


 その時、隣で会計をしていたアリサがこれまで受け取った500レルナ硬貨を凝視していた。


「どうしたアリサ?」


「これ……500レルナ硬貨じゃないっ!」


「はっ!?」


 慌てて見れば1枚、金色で刻印も非常に似ているが……よくよく目を凝らすと微妙に違う硬貨があった。

 ズイッと割り込んだユリアが、すぐさま答えを見つけた。


「50ネーデル硬貨ですね……500レルナ硬貨と似ていますが、ヴィルヘルム帝国の通貨なのでこれは全くの別物です。価値も遠く及びません」


「えっ、じゃあエーベルハルトさん……つまり」


 腕を組んだユリアは、ため息をついた。


「やられましたね、明らかに確信犯の仕業でしょう。500レルナと偽ってこの50ネーデル硬貨を使用した……正直言ってかなり悪質です」


 コミフェスではたまにこういうことが起こると聞いていたが、まさか自分のサークルでやられるとは……ッ。


「ッ……!」


 人が徹夜して描き、想いの全てを込めて作った創作物への冒涜行為。

 何より、大事な彼女であるミライへの侮辱だ。


 俺は言うまでもなく、怒りで打ち震えていた。


「誰か、これ渡したヤツの顔を覚えてるか?」


 すかさずユリアが顔を上げる。


「さっき会長に気持ち悪い質問をした男がいましたよね? 多分そいつです。ああやって売り子の注意を引いて取引し、バレないよう使っているのでしょう」


「アイツか……!」


 思わずテーブルから乗り出そうとする俺を、アリサが制した。


「待ってアルスくん、これは違う通貨に気づけなかったわたしの責任。だからわたしに行かせて欲しい」


 手早くお金をしまったアリサが、バッとテーブルを乗り越える。

 それを見て、ユリアも後に続いた。


「アリサっちだけだと心配なので、直接顔を覚えてるわたしも同伴します。会長とブラッドフォード書記は持ち場を守ってください」


「了解した、頼んだぜ2人共」


 人混みを駆けていくユリアとアリサを見届けると、俺は隣で立つミライに目をやった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ