第291話・超大国アルト・ストラトスの懸念
重厚な大理石で覆われた、ある種要塞と言って差し支えないここは『アルト・ストラトス大使館』。
アサルトライフルを持った兵士で守られた門の奥へ進むと、国力を見せつけるがごとく荘厳とした庭園が広がる。
「ふむ……ばら撒いたトラップは全て見破られ、痕跡も綺麗サッパリ削除か。予想してはいたがここまでとはね」
そんな要人用の庭園には一切目もくれず、王国駐在武官にして元勇者––––ジーク・ラインメタル大佐は、自作タブレットへ目を落としていた。
「あぁラインメタル大佐、ここにいらっしゃいましたか」
同じ黒の軍服を着た情報将校の少佐が、庭園の通路を歩いて来る。
彼はミリシア王国の情報収集を専門としており、大佐直轄の部下だった。
「珍しいですね、その様子ですと……撒いた餌にそっぽでも向かれましたか?」
「わかるかね? これだから対外情報部の人間は嫌いだ。すぐに表情で胸中を見抜いてくる」
「それが小官の仕事ですので、––––例の“超高性能AI”ですか?」
周囲に人影がいないことを確認した情報将校は、帽子の影から目を出した。
「あぁ、ヤツがネロスフィアⅡから独立してユグドラシルネットに入り込んだのは、諸君ら対外情報部も知っているだろう?」
「ノイマンとか言いましたよね? なんでも我が国のスーパーコンピューターですら数千年掛かる計算を、僅か1ピコ秒で行うという……」
「そうだ、先日からヤツの通りそうなサーバーへ手当たり次第にトラップを仕掛けてみたんだが……さっき見たら全て無力化されていたよ」
「バカな……! 国家安全保障局に委託して作らせた軍事用暗号プログラムですよ? せめて痕跡くらいは残って––––」
大佐はタブレットをしまう。
「綺麗サッパリだよ、そもそもトラップなんか無かったと言われても納得できるレベルで無力化されていた。これを本国の連中に伝えたら、奴らの面子もきっと潰れるだろうね」
戦慄する情報将校とは逆に、ラインメタル大佐は存外嬉しそうだった。
「ノイマンの居場所は現時点で不明だ、要求は……相変わらず変わってないんだね?」
情報将校は唾を飲み込みながら全文を伝えた。
「はっ! アルト・ストラトス本国政府の意向は変わらず。今後第4の戦場となり得るサイバー空間における覇権獲得のため、超AIノイマンを我々の管理下に置く、もしくは完全消去せよとのことです」
「本国もずいぶん焦ってるな……私の主義じゃないが、仕事である以上受け入れよう。問題は山積しているからね」
「例のアーティファクト怪盗の件でしょうか?」
「それもだが、一応早急なのが1つ」
カバンから数枚の写真を取り出した大佐は、言うより早く情報将校へ見せた。
これはユグドラシルネットにまだ上げていないため、秘匿性が保たれている物だ。
「これは……港ですか、ここにいるの。作業員に偽装した戦闘員のようにも見えますね」
「さすが情報部、大当たりだ。早朝––––我々の愉快な隣国『ミハイル連邦』の商船に便乗して来た、傭兵会社の戦闘員と見られる」
「人数と武装は?」
「24人、武装は“AK-47自動小銃”とエルフ王級魔導士以上の『フェイカー』だ」
「『フェイカー』!? ルールブレイカーは完全に消滅したはずです、なぜまだ供給されているのですか?」
「我々より先に工場の場所を発見した……そうだな、天に使えし自称上位種族が渡したのだろう。連中はコミックフェスタの会場に向かっている」
「フェスタの中止をミリシア政府に要請し、戒厳令を敷きますか?」
「いや、その必要はない」
荷物を全てしまったラインメタル大佐は、情報将校に背を向けて歩き出した。
「コミフェスの方は多分問題ないよ……彼らがいるからね、それより問題は超AIノイマンと残った大天使共だ」
「……大佐は今からどこへ?」
首だけ振り向いた大佐は、頬を吊り上げた。
「挨拶だよ、軽くね」
情報将校はラインメタル大佐の腰に、実弾入りのホルスターが下げられているのを見逃さなかった。




