第290話・冬のコミックフェスタ
【冬のコミックフェスタ】。
それは年2回開催される同人誌即売会の年末版であり、王国最大級の文化的イベントだ。
日本人が始めたことを起因にし、現在では非常に多くの人間が集うものとなった。
「よし…………ッ! 行くわよアルス、戦場へ」
半年ぶり……、しかも前回はテロリストによって台無しにされたこともあってか、隣で立つミライの目はガチだった。
っていうかちょっと怖い、俺でもそう思うレベルでミライは本気である。
「俺たちはサークル側だから、あのクソ長い列には並ばなくて良いんだよな?」
指差した方向では、始発組を含めた長大な客の列ができていた。
ポニーテールを振りながら、ミライはドヤ顔を見せる。
「当然、これがアルスの入館許可証よ。無くさないでね」
「おう、サンキュー」
俺は特にそれを見ることなく、首から下げた。
この時しっかり確認しておけば、後の悲劇を回避できたかもしれない。
––––ピロン––––
いざ宮殿のような会場へ向かおうとした時、俺のポケットのミニタブが音を立てた。
『メッセージ、アリサちゃんからですね』
一足早く端末に入ったノイマンが答えをくれる。
チャットアプリの『ロイン』を開くと、友達欄のアリサから確かにメッセージが届いていた。
『駅を出たところなんですけど、アルスくん達は今どこにいますか?』
どうやら駅に着いたらしい。
いつもとノリがちょっと違うが、メッセージでやり取りする時のアリサは大体これがデフォだ。
元気っ娘を着飾らない、本来の性格のアリサである。
すぐに返事を返す
『ユリアも一緒か?』
『うん、隣ですごくソワソワしてます』
『了解。西館の正面にいるから、そこまで来てわからなかったらまた連絡してくれ』
『わかりました』
最後に既読だけつけて、ミニタブをしまう。
「良いわよねアルスは、そんな便利サイズのタブレットなんか貰っちゃって。アリサちゃんやわたしは両手より大きいの使わないとダメなのに」
「フフン、日頃の行いが良いからかな?」
「発信機でもつけられてて、プライベートを筒抜けにされてしまえばいいのに」
現に付いてるんだが、今は黙っておこう。
しばらくすると、私服姿のユリアとアリサが駅方面から現れた。
「おはようございます会長、ブラッドフォード書記。今日は一緒に頑張りましょう!」
「わたしも、前回無念だったコスプレやるから楽しみにしといてね!」
そういえばアリサは、コミフェスで名を馳せる有名コスプレイヤーだったっけ。
これに光速で反応したのは、案の定ミライだ。
「なんの!? なんのコスプレ!?」
「最近流行ってる魔装戦記ドラゴンスレイヤーって漫画に出る、あの女剣士のコスプレ。衣装も全部自分で作った!」
「マッジ眼福ねそれ!! 楽しみにしてる! はいこれ、2人の入館許可証」
俺と同じく首から下げる。
「出店側はこんなに早くから入れるのですね……、今まで買う側しか経験なかったので、ちょっとドキドキしますっ」
胸を躍らすユリアが無邪気で可愛い。
早速中へ入った俺たちは、設営作業に取り掛かった。
ミライが今回刷った部数は、なんと1000冊。
個人が出す同人誌としてはちょっと異常というかトチ狂っている。
俺たちが掲げる今回の目標は、この1000冊の同人誌を完売まで持っていくことだ。
ちなみに1冊500レルナ、単純計算でも全部売れれば
50万レルナ稼げてしまう。
まぁそう上手く運ぶわけはないだろうが、最善を尽くして––––
「じゃあポップの飾り付けはわたしとエーベルハルトさんでやるから、アリサちゃんとアルスは更衣室行ってきて」
「はーい!」
「は?」
俺は素で声を出した。
なぜ更衣室? コスプレするのはアリサだけじゃないのか?
疑問符だらけの顔で見たミライの顔はドヤ顔そのもの、そして––––親指をサムズアップしながら言い放った。
「今日の売り子、期待してるわよ––––“アルスフィーナ”」
ふと思い出したように入館許可証を見れば、そこに本来の俺の氏名は載ってなかった。




