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第289話・幻想と現実

 

 夜もすっかり遅くなり、月明かりが王都を照らす頃––––


「見て、アレ……」


 部活を遅くまでやっていた女子生徒が、生徒会室に点る明かりを見て指差した。


「生徒会の方々……、こんなに遅くまで仕事をしてらっしゃるわ」


「ホントね、さすがルールブレイカーを倒した最強の生徒会。きっと今もあそこで、王国の未来を決めるような大きい仕事をされているのだわ!」


「素敵……! まさに王国の誇りね」


 口々にそう言いながら、女子生徒たちは帰路へ着いた。

 王国最大級の闇ギルドを倒した功績は、とてつもない名声となり、名声は尊敬と畏敬を生んだ。


 きっと、今この瞬間も……自分たちでは想像もできない仕事をしているのだと信じて。


 ◆


 俺たちが受けた王城招待は、2週間後の土曜日。

 本来なら相応しい準備を行い、王族へのマナーや何やらを学ばなければならない俺たちだったが……。


「アルス!! こっちのページ終わったから次ベタ塗りお願い!!」


「おっ、おう!」


 発生していたのは、非常に切羽詰まった現場であった。


「エーベルハルトさん!! 線画ありがとう! 背景はアリサちゃんに任せて次に進んで!!」


「はっ、はい!!」


「アリサちゃん背景追加5枚! 最悪間に合わなかったら吹出しで隠すから、とにかくなるはやでお願い!!」


「うっ、うん!!」


 1週間後に控えた【冬のコミックフェスタ】へ向けて、生徒会総出でミライの原稿を手伝っていた。

 コミフェスは、夏と冬で年に2回開催されるのだ。


 この半年で相当色々あったというのに、なんとミライは今回の冬コミもサークル出店でちゃっかり応募してやがったのだ。

 しかも、運が良いのか悪いのか……ものの見事に当選。


 だが俺たちはファンタジア、アリサ救出、大魔導フェスティバル、ルールブレイカーとの決戦で大忙しの半年だった。

 結果––––


「ヤバい!! マジで万策尽きるっ!! 明日までに印刷所に持ってかなきゃ間に合わないのに!!」


 涙声のミライが、夜の生徒会室で叫ぶ。

 こうなったのも悲しきかな……俺たちがヲタク故の連鎖だった。


 王城招待を受けた翌日、ミライが俺たちに原稿の手伝いを依頼してきたのである。

 それにまず反応したのは……。


『えっ、ブラッドフォード書記の薄い本……今年は読めないんですか!?』


 ミライが描く同人誌のファンであるユリアが、非常に悲しそうな顔でカップを落とした。

 思えばその段階で、歯車は動き出したのだろう。


 ユリアを筆頭としてなし崩し的に手伝う流れとなり、こうして生徒会室を借り切っての総力戦を迎えた。

 半年前ミライと再開したばかりの日常を、よりスケールアップしての作業に俺は思わず叫んだ。


「ってか、この状況で新刊発行っつーのがおかしいんだよ! 普通に前回のを再頒布じゃダメだったのか!?」


「再頒布はわたしのプライドが絶対許さないのよ! 自称文化人として、わたしは常に新鮮なエンターテイメントコンテンツを人々へ届けたいの!!」


「わたしはブラッドフォード書記に賛成です、文化はとても大事。生きる活力です」


「おいユリア……、それお前が単に新刊読みたいだけだろ」


 コーヒーを浴びるようにして飲む俺たちを尻目に、会長机へ置いてあるミニタブから声が響く。


『全く……なぜ人間というのは、こうも尻に火がつかないと物事に取り組めないのでしょうか』


 ノイマンだった。

 彼女はさっきから睡眠欲求に屈しかけてる俺たちと違い、変わらぬ口調で呆れているようだ。


「えっと……ノイマンさんだっけ、わたし今背景やってるんだけど、ちょっと手伝えたりとかしない?」


 手をインクだらけにしたアリサが、若干の希望を込めて伺うが……。


『あー無理ですね、いかなスーパーAIのわたしでも物理的な干渉は不可能です。っていうかそもそもAIに創造性を求めないでください専門外です』


「ちぇ〜っ、ケチだな〜」


『まぁ、印刷所にギリギリまで待ってもらうようメールを送るくらいはしてあげますよ。なので手作業は皆さんで頑張ってくださいね』


 っということらしい。

 俺たちは結局日付が変わるどころか、朝日が昇るまで原稿と向き合った。


 イラストがなぜか妙に上手いユリアと、美術の成績も全然悪くないアリサが加勢した影響だろう。

 ミライの薄い本は、朝の8時頃に爆速で完成を迎えた。


「できたーッ!!! みんなほんっとうにありがとう! 今から印刷所に行けばギリ間に合う! ちゃんとお礼考えとくから」


 歓喜の声を上げるミライとは対照的に、まず最初にユリアが力尽きた。

 机に突っ伏しながら、嗚咽を漏らす。


「げ、原稿作業とは……こんなに大変なものだったんですね。正直期末テストより難しかったです。後半は視界グニャグニャで吐き気すらしましたよ……」


 続いて、アリサがソファーに寝っ転がった。

 もはや女子らしさを装う気力もないのだろう、開けた足から無防備にスカートの中が見える。


 ある意味、コーヒーより眠気が吹っ飛んだ。


「おいアリサ……見えてんぞっ」


「んぇ? あぁ……アルスくんなら別に良いよ」


「女子だろうが……ほれ!」


 細い脚を掴んでたたむと、アリサの乱れたスカートを手で整えてやる。


「ミライはこれから印刷所か?」


「うん、直行」


「そうか、俺たちは……ふあ。帰ってシャワーを浴びて寝るよ。お疲れ様」


 これで全て終わった。

 後は適当にミライが個人出店して、ユリアがこっそり買いに行く。


 なんてことない、これでミッション達成だ。

 終わってみれば結構楽しかったし、みんなで夜通し何かに取り組むのはとても有意義な時間だった。


「了解、みんな本当にありがとう。それでなんだけど––––」


 扉を半開きにしたミライが、パッと振り返った。


「今回の本、多分過去最高傑作になったと思う。だから結構強気な部数で刷ろうと思うの……売り上げ伸びたら、みんなにお礼できるし」


 ミライが笑顔を見せる。


「だから今回のサークル、生徒会のみんなで出さない?」


次回、王城謁見前の波乱––––【冬のコミックフェスタ編】!

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