第283・正義のスーパー大怪盗イリア
「正義のスーパー大怪盗……? なにそれ、言っちゃ悪いけど相当昔の流行りよその雰囲気。しかも普通自分で言う?」
かなり呆れ気味なミライとは対照的に、少女はしたり顔で見下ろしていた。
「ふっふふふ、つい自分で言ってしまうくらい凄いということよ。わからないかしら? このネーミングの良さが」
わかるわけない。
今唯一判るのは––––
「よっ」
アイツが自分を襲いに来た敵だということだけだ。
彼氏に貰ったペン型魔法杖をすぐさま具現化させ、そのまま戦闘態勢に入った。
さらに––––
「血界魔装––––『雷轟竜の衣』!!!」
ミライの全身をスパークが覆い、瞳もエメラルドグリーンに染まる。
ポニーテールにされた茶髪が、美しく輝いた。
「わぁお、それが噂の血界魔装かぁ。ウンウン良い良い! すっごく良いよそれ、変身って言うの? 雰囲気変わってめっちゃカッコいいわ!」
「そりゃどうも、で? 正義のスーパー大怪盗さんはそのままで良いわけ?」
「もっちろん! なんたってわたしはもう既に変身してるもの。この怪盗姿こそわたしの真であり仮の姿なのよ!」
「はっ、はぁ……」
可哀想に……、相当影響されやすい性格なのだろう。
一体どんな漫画を読んだのかは知らないが、こんな痛い女に負けるわけにはいかなかった。
変身を終えたミライは、杖を軽快に振りながら構える。
「掛かってきなさい、自称スーパー大怪盗さん。悪いけどこのアーティファクトはあげれないの、大事な彼氏からもらったもんなんでね」
「自称じゃないもん! でもまぁ良いわ、サッサと奪ってアナタを脅威から守ってあげる!」
戦闘は少女が上空から肉薄することで始まった。
雷轟竜のスピードをフルで活かしたミライは、怪盗のパンチをすんでで回避。
カウンターの回し蹴りを浴びせた。
だが––––
「よっ!」
少女は痛がる素振りすら見せず、屋根に手をつけて着地。
今度は、先程の数倍ある速度でターンしてきた。
「『高速化魔法』!!」
「なっ!?」
速すぎるッ。
気づけば、みぞおちに少女の拳がめり込んでいた。
「ガッハ!?」
思わず咳き込んだ隙も逃さない、怪盗は間髪入れずにミライを背負い投げした。
「あぐっ! うあぁあッ!?」
教会の尖塔が崩壊し、ミライは地面まで大量の瓦礫と一緒に落着した。
砂埃の中でゆっくり立ち上がったミライの前へ、少女は身軽に降りてくる。
「ちょっとー、救国の魔導士がまさかこの程度? そんなわけ……ないよね?」
「ッ……!! だあぁあッ!!」
ミライは激しく魔力を高め、眼前の怪盗に落雷の嵐を撃ち込みまくった。
しかし少女は、まるで爆風と遊ぶように落雷を避けていく。
その動きはあまりにも戦闘慣れし過ぎていた。
こんな芸当ができるのは、王立魔法学園でもトップ5レベルだ。
「あんた、何者よッ!!」
距離を詰めて来た怪盗の蹴りを、かろうじて杖でガードする。
衝撃で10メートルは押し込まれた。
「フッフン、あえて名乗るなら––––正義のスーパー大怪盗、名前は……”イリア“とでも呼べばいいわ」
「絶対今考えたでしょッ!!」
「無問題無問題! どうせ誰も気にしないし、大事なのは––––」
竜の力を上回る体術で、ミライは攻撃のことごとくを防がれた。
「わたしがスーパー大怪盗だということだけよ」
「クッソッ……!!」
とことんふざけたヤツだが、ミライは直感する。
こいつは先日戦ったドクトリオンの実力を優に超えている、ひょっとしたらカレンと同レベル––––
「よっと!」
「っ!?」
一瞬の内に、ミライは裏拳で手に持った杖を弾き飛ばされた。
同時に、そのアーティファクトを媒介にしていたミライの変身がパッと解けてしまう。
「くっ……!!」
「やっぱり、あの杖は潜在能力を引き出す効果が特徴みたいね」
再び空中に飛び上がったイリアは、マントから大口径ライフルを取り出した。
おそらく、あのマントもアーティファクト……!
「終わりよッ」
放たれたのは、実弾ではなく超高威力の爆裂魔法だった。
「やっば!!」
眩い閃光が王都を照らした。
大爆発が周辺数百メートルを吹っ飛ばし、空に広がる魔法結界をグラグラと揺らす。
爆煙の中に、ミライの姿はない……。
「あっちゃ〜逃げられたかぁ……、気絶する程度で抑えたのが弾速に影響しちゃったかな。さすがは王立魔法学園の生徒会か、とりあえず弾いた彼女のアーティファクトだけでも回収して……」
煙に入ろうとしたところで、イリアは周囲の変化に気づいた。
戦闘で破壊された街が、時計を逆回ししたように修復されていくのだ。
「時間切れか……しょうがない、回収はまた後ね」
ポツリと言い残し、イリアは衝撃波ができるほどの速度で現場を離脱した。
その様子を、さらに高い場所から見ていた少女が一言––––
「貴女、随分厄介なのに目を付けられましたね。しかも怪盗だなんて……一体なにが目的なんでしょうか」
ミライを杖ごと爆心地から引っ張り上げていたのは、生徒会における最強の一角。
––––王立魔法学園 生徒会副会長、ユリアだった。




