第267話・ユリアVS大天使スカッドⅣ
大量のホムンクルスたちが、豪雨の中1ヶ所を目指して集まった。
路上から雨水の流れ落ちるそこは、巨大なクレーターと化した大通り。
彼女らはその大穴を囲っていた。
最奥の泥水が溜まった中心部で、大天使スカッドは足元に倒れる少女を見る。
「っ…………」
苦しそうに呻いたユリアは、もはや殆ど魔力も纏えていない。
攻撃と激突のダメージは彼女を蝕み、起き上がることすら執拗に阻んでいる。
「……なぜだ」
スカッドは不思議でたまらなかった。
勝敗は完全に決したのだ。空中で攻撃を当てた時点で既にユリアにまともな戦闘能力は無く、それでもなお彼はユリアを徹底的に潰すべく要塞の外郭へ亜音速で叩きつけた。
それなのに––––
「なぜだ、なぜ立とうとする……」
うつ伏せになったユリアは、びしょ濡れの身体を懸命に持ち上げようとしていた。
何度も倒れそうになる、これではもはやホムンクルスにすら勝てないだろう状態なのに。
なぜっ……!
「何が君をそこまで奮い立たせる、何が君を無理矢理立たせる! 何のために、なんの意味があってだ?」
返事はない。
ただ、ユリアは瓦礫を掴んで必死に膝を起こした。
激痛が端麗な顔を歪ませる。
「理解できないぞエーベルハルトくん! 君は終わった負けたのだ! 君を立たせるのは意地か? 気合いか? それとも根性とでも言うのか? くだらない精神論だエーベルハルトくん! 人間という劣等種がいくら背伸びしたところで結果は変わらない!!」
それでも尚、ユリアはグシャグシャになった金髪の下で碧眼を曇らせてはいなかった。
ゆっくり立ち上がり、フラフラとスカッドに正対する。
ズタズタで、宝具すら具現化できない有様だった……。
大天使にとっては、あまりにも不気味で理解不能の光景だ。
「ッ!! 賢い君ならわかるだろう!! 君は勝てない! 絶対にだ! この瞬間にも私は神へ近づき、1秒ごとに強くなっている!! なぜだ!! なぜ立つ!!!」
泥水にまみれたユリアは、一言だけ喋った。
「心から……大好きな人のためです」
「ッ!!!」
スカッドが一気に距離を縮める。
大天使の打撃を、満身創痍の状態で何度もガードした。
諦めてたまるかっ、こんなところで寝ている暇なんか無い!
「はあぁっ!!」
攻撃を振り解いたユリアは、一瞬の隙間を……それこそ幾百もの針の穴を通すがごとくスカッドの顔面へ、右ストレートを叩きつけた。
雨粒と一緒に大天使が仰反る。
さらに僅かな魔力を集め、渾身の衝撃波をぶつけた。
吹っ飛んだスカッドがクレーターの側面に衝突する。
崩れる石の音と、雨音だけが再び降り立った。
見上げれば、大量のホムンクルスたちが自分を見下ろしている。
地面が……揺れ始めた。
「…………直接攻撃できるのはここまで、ですかね……」
立ち尽くすユリアの眼前で、壁が爆発した。
飛び散る瓦礫を見ても、彼女はもうその場を動けない。
宙に浮かび上がった大天使が翼を広げる。
「私が神だ!! 私が道理だ!!!!」
急降下してユリアへ襲いかかったスカッドは、彼女を殴り倒した。
胸ぐらを掴み、思い切り顔へ拳を落とす。
「ぁっ…………」
完全に無抵抗のユリアを持ち上げると、神力を纏った拳を腹部へめり込ませた。
彼女は勢いよく吹っ飛び、瓦礫の山へそのまま突っ込む。
上部で溜まっていた、大量の泥水がユリアへ降り被さった。
再び近づこうとしたところで、スカッドは歩みを止める。
「君は強い……それは認めよう。だが大天使である私に勝てる道理はない、今の君の姿こそ下等な人類に相応しい……実に良い、素晴らしい皮肉と象徴だよ、エーベルハルト君」
側から見れば、ユリアの完全敗北だった。
神に近づくスカッドに、力及ばず泥と瓦礫に埋もれて倒れる。
ヤツの言う通り、実に無様で屈辱的であった。
だが––––
「フッ……フフ……」
ユリアは––––笑みを浮かべていた。
そこに悲壮な敗北感は一切無い、むしろ獲物を追い詰めたハンターの目をしていた。
「あぁ……全身がすっごく痛いですね、髪も制服もグシャグシャ、これじゃあとても彼氏の前に立てません。……だから気が進まなかったんですよ」
「なにっ? どういうことだね……」
ふらつきながら身を起こしたユリアは、覇気に満ちた声で言い放った。
「良かったです、貴方がこれ以上ないくらい極上の大バカで……」
その時、雨を降らす暗雲が真っ赤に染まった。




