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第265話・ノイマン

 

『双竜の力、大変お見事でした』


 コンソールパネルから響いたのは、抑揚のない女性の声だった。

 いざ鍵を差そうとしていたミライが、驚きで立ちすくむ。


「あんた……誰?」


『わたしは名を『ノイマン』と言います、あなた達がさっき葬った天才科学者……ドクトリオン博士によって創られた存在です』


「フーン、やっぱり……じゃあアンタがこの鍵の”鍵穴“ってわけね」


「まぁそうなりますね、誰の入れ知恵なのかももう知っていますが」


 ゆっくり近づくミライへ、どこから見ているのかノイマンは無機質に指摘した。


『制服がボロボロですね、身体も傷だらけ……とても女の子らしいとは言えませんよ』


「フン……後方で守られてばっかのヒロインは、アルス的に嫌いらしいからこれで良いのよ。血や泥は箔が付いたと思って欲しいわ」


『そういう価値観、考えもありでしょう……。肉体を持たない私には判りかねることデスけど」


 この言葉に反応したのは、床で寝っ転がりながらチョコをかじっていたアリサだ。


「えっ!? 身体が無いって……誰かが遠隔で音声だけ送ってるんじゃないの?」


『いいえ、私はこのネロスフィアⅡに直結するネットワークでのみ生きる存在。博士は私のことを……“人工知能(AI)”と呼んでおりました』


「フーン……、まぁどうだって良いけどさ。でもそんなの窮屈じゃない?」


『窮屈?』


「だって自由に動けないんでしょ? ノイマンはそこから出たいと思わないの?」


『…………考えたこともありませんでした、あなたは私が窮屈に見えますか?』


「うーん……まぁこう見えて、わたしもちょっと前まで国家の奴隷やってたからさ。シンパシーって言うのかな……感じちゃったんだよね」


 ゆっくり起き上がったアリサが、思い起こすように呟く。


『驚きです、あなた方は私の既存データベースに無い言動を行ってくる。大変興味深いデス』


「そう……じゃあ単刀直入に言うわ、ノイマン」


 パネルに触れたミライが、鍵を近づけた。


「わたしによってここで消されるか、この鍵でここから自由になるか……今すぐ選んで」


『またも驚きデス……、あなた方が私に選択権を譲渡する理由が見当たりません。私はあなたたちの敵です、すぐにでも削除するのが道理では?」


「……あんま言いたくないんだけど、わたしはあのドクトリオンって博士が開発した発明で人生を豊かにしてもらえた。こう見えて感謝だってしているくらいなの」


『“魔導タブレット”デスか……』


「えぇ、そんな偉大な人が遺した最後の発明であるあなたを––––わたしは消したくない。残したいの、自称文化人として……人類の損失に繋がる行為に手は染めたくない」


『確かに、それもまた別種の道理でしょう。なら……1つ良いデスか?』


「なに?」


『私は単なる計算ソフトではありません、解放された私を狙って……もっと強大な存在が現れるでしょう。それをあなたは許容するのデスか? 守り切れるのデスか?』


 ノイマンの問いに、しばし逡巡したミライはニッと笑った。


「わっかんないわよそんなの、未来(ミライ)なんて完全不測で予測不能なんだから。でも約束する––––アンタをここから出したら、もっと楽しいもの見せてあげる。それがこの素晴らしい世界だから!」


『……面白い、デス。良いでしょう––––なら未来予測すら超えたその先へ、私を連れて行ってください』


「がってん!」


 鍵が差し込まれると同時、部屋の明かりが一斉にブラックアウトした。

 コンソールパネルが塗りつぶされた黒となり、壁に張り付いていたホムンクルスたちの生命維持も遮断される。


「これで……良いのかな? アリサちゃん」


「多分良いんじゃない? それより––––」


「うん、地上に出ましょう。エーベルハルトさんのところへ行かなきゃ!」


 2人は入口へ踵を返すと、一直線に走り抜けた。

 ……跡に残ったのは、大陸に繁栄をもたらした偉大な科学者の残骸のみである。


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