第248話・ラインメタル大佐VS剣聖グリード
「あぁ!? テメェ……どこのどいつだ。偉大なる大天使の加護を受けたこの剣聖グリード様に歯向かうたぁ、良い度胸じゃねえか」
最高の瞬間を邪魔された……それだけで、グリードにとっては万死に値する行為だった。
せっかく格上の女を殺せるチャンスを、ふいにされてしまったのだから。
振り向いた先にいた軍人は、チラリと倒れるカレンを一瞥する。
全身傷だらけで、完全に意識も失っている。
ジーク・ラインメタル大佐は、優しくグリードへ言葉を掛けた。
「女の子に酷いことをするもんじゃないよ、グリードくん」
「グガッ!?」
非常に温厚な声をかき消すように、45APC弾の8連射がグリードを襲った。
心臓と首元、眉間を正確に狙った射撃である。
通常の人間なら確実に死ぬ、致命打だ。
しかし––––
「ほぅ……イージスフォードくんに聞いた通りだ、君は実に臆病な芋野郎のようだね」
大佐は即座にリロードしながら笑う。
視界の先で、グリードのちぎれかけた身体がゆっくり戻っていった。
見立て通り、本体ではなく感覚を同期させた土人形のようだ。
「がっ、いってぇな……クソがッ! インチキな道具使いやがって、ぶっ殺してやる!!」
「良いとも、インチキ勝負といこう」
剣を地面から抜いたグリードが、魔力を纏う。
この空間内ではヤツもただの人間、カレン同様圧倒的優位なのは変わりない。
すぐに殺して––––
「すぐに殺せると思ったのか?」
「ッ!?」
ラインメタル大佐が投げた球状の物を、グリードは反射的に切り伏せた。
真っ二つに裂けた物体から、大量の煙が溢れ出る。
周囲はあっという間に視界ゼロと化した。
大佐が投げた物は、いわゆるスモークグレネードと呼ばれる非殺傷武器だった。
グリードがせっかく慣らした夜目も、この濃い煙には通じない。
「チッ!! どこに隠れ––––おゴッ!!」
「こっちだバカ」
全く視認できず、大佐の膝蹴りがグリードの腹部を直撃した。
魔力無しの素でこの威力……だとっ!
痛みに屈せずすかさず反撃するが、今度は真後ろから拳銃のグリップを使った打撃で吹っ飛ばされた。
「クッソ!! こんな小細工––––ウルァアアッ!!!」
自慢の強烈な剣撃でスモークを消し飛ばす。
やっと視界が晴れた。
そこに、さっきと同じように柄の付いた投擲物が飛んできた。
「同じ手は食わねえよッ!! 大馬鹿野郎がッ!!」
ドヤ顔で剣を下ろした。
今度は斬ることなく、左手でしっかりと掴む。
これでスモークは発生しない、そう思った矢先––––グリードの左手が炸裂で吹っ飛んだ。
「アガァアアぁァアアあ?!!」
「馬鹿者め、スモークグレネードと“破砕手榴弾”の見分けもつかんのか。イージスフォードくんならコンマ1秒で気づく手だぞ?」
たまらず左手の感覚同期を解除する。
見れば、大佐は既にカレンを肩に抱えて銃口をこちらへ向けていた。
思考する間も無く、発砲炎が瞬いた。
今度は右腕が撃ち抜かれ、剣が落ちる。
「なっ、なんで……ここは俺の能力圏内で魔力粒子が無いはずなのにっ!」
「魔力粒子が無い? ハッ! 銃や爆弾に魔力が関係あるわけないだろう! 鉄と火薬とバネ仕掛け、いたって単純だが––––君をこの場から撃退するには十分過ぎる!」
「くぉ……の野郎ッ!!」
「教えてあげよう、愚かな剣聖よ」
4連射で放たれた銃弾が、グリードの首をナイフより鋭利に切断した。
首だけがボトリと地面に落ちて、大佐を恨めしく睨みつける。
「イージスフォードくんにCQB(軍隊戦闘術)を叩き込んだのは、他でも無いこの私だ。魔力など無くても軍人は戦えるのだよ」
カレンを抱えたままグリードの頭へ近づいた大佐は、ゆっくりと……リンゴを踏みつけるように軍靴を乗せた。
月明かりに照らされた元勇者は、楽しそうに笑っていた。
「テメェ……ッ! ただで済むと思うなよ! もう間も無くこの世界は生まれ変わるんだからな! そこでお前らは駆逐され、俺は天使に認められてあっっがアアアァァアッ!!?」
「そうか、なら大天使に伝えておけ」
じっくりと、ゆっくり足に力を込めながら……大佐は伝言を渡しておく。
「貴様ら自称上位種族は残さず殲滅する、もう一度言うぞ。“殲滅”だ。この世の道理に反して存在する君たちは––––殲滅すべき悪の権化だからな」
––––グチャリッ––––
ラインメタル大佐の靴裏には、汚れた泥だけが残っていた。
剣聖グリードの断末魔は、夜の闇に消え去った……。




