第245話・アルスのお礼
アリサとミライのランキングが上がった。
それすなわち、校内で稀代の秀才と言われたマチルダを相手にキッチリ勝利して来たのだろう。
当然だ。
なんたってあのユリアが選び、この俺が認めた2人である。
あんな堅物風紀委員に負けるとは、微塵も思っていない。
だからこそ、あの時自分達のスケジュールを各々優先したのだ。
「やほーエーベルハルトさん、初めての労働どうだった?」
新たに学園ランキング4位となったミライが、机にドッカリと座りながら手を陽気に振る。
「会長のフォローありでなんとか……ってところですかね、恥ずかしい限りですが」
「初めてなんてそんなもんよ、わたしだって最初はマスターやカレンちゃんに散々迷惑掛けたし」
メニュー表に目を落とすミライへ、ユリアは正面に座りながら続けた。
「ブラッドフォード書記は、会長より早くここで働いてたんですよね?」
「うん、コミフェスの発刊資金貯めたくて……。そんで今年の夏コミ間近って時に、そこでつっ立ってる竜王級が職無しニートの状態でやってきたってわけよ」
指差してくるミライへ、俺はお冷を出しながら顔をしかめた。
「職無しとニートじゃ意味かぶってんだろ、スッゲェ嫌な言い回ししやがって……」
「あら、あのとき店内で盛大にわたしのヲタバラシした件忘れた? まだ結構根に持ってんだからね〜」
「しつこい女は嫌われるぞ」
「古い言い方w、大丈夫よ……。そんなしつこいわたしのことを好きになってくれる人は、きっと同じくらい根に持つタイプでしょうし」
大当たりだ畜生め……!
罰が悪くなった俺は、ミライの隣でお冷を一気飲みするアリサへ話題を振った。
「ずいぶん喉乾いてんな、おかわりいるか?」
「うん! お願い!」
目を輝かせてコップを差し出す彼女へ、俺は冷えた水を注ぎながら思っていた言葉を口に出す。
「今日はありがとうな2人共、魔力切れの俺の代わりに……マチルダと戦ってくれて」
「まぁね、今までアルスには結構助けてもらったし……」
「役員として、彼女として当然だよ〜」
たっぷり注いだ水を渡す。
ちなみにアリサは普段からよく食うが、あまり水は飲まないタイプだ。
それがこんなに喉カラカラということは、本当に魔力が底を尽くまで戦ったのだろう。
見れば、ミライもアリサもところどころに擦り傷が残っていた。
ここは、キッチリお礼をせねばなるまい。
「よしお前ら、今日は俺が晩飯ご馳走してやる! ユリアはバイト上がったが俺はまだ時間が残ってるしな、王立魔法学園生徒会長たる者––––来た客はちゃんともてなす」
「おぉ〜珍しく太っ腹じゃんアルス、じゃあわたし卵付き鉄板ナポリタン! 魔力使い切ってお腹ペコペコなのよー」
「はいはーい! じゃあわたし、このミックスピザをお願い! 3枚ね!」
「了解! ユリアは?」
「えっ、わたしも良いんですか……?」
「店のまかないだ、遠慮せず食ってけ。2人にだけ食わしてユリアだけ置いとくわけにもいかんしな」
ペンを走らせる俺を見て、「じゃあ」とユリアもハンバーグセットを注文した。
「アリサちゃん、エーベルハルトさん。こいつ普段自分の昼食は蔑ろにするくせに、マスターの指導でちゃんと料理はできるから安心して」
「客に粗悪なもんは絶対食わせないのが俺の方針だからな、以上で良いか?」
「「「お願いしまーす」」」
エプロンを括り直してキッチンへ踵を返す俺は、奥のドアが開くのを見た。
この店の主であり俺の雇用主、大英雄グラン・ポーツマスさんだ。
「あっ、お疲れ様ですマスター。今からこいつらに飯作るんで、ちょっとキッチン使いますね」
「あぁ、別に構わないよ。それより……カレンは来てないかな?」
「カレンですか? ……いえ、特に見てませんが。どうしたんです?」
マスターの顔が少し険しくなった。
「いや、朝出かけた時は夜までに帰るって言ってたもんだから。もう7時過ぎなのにどうしたんだろうと思ってね」
マスターは大のシスコンだ。
こうしてカレンが伝えた予定外の行動をすると、過度に不安がる節がある。
こうしたことが、この半年数え切れないくらいあった。
「またギルド仲間とつるんで、夜遊びしてるんじゃないですかね? 一度俺から言っときましょうか?」
「いや……大丈夫だ。たしかに君の言う通りまた寄り道してるだけだろう。邪魔して悪かったね」
「いえ、お疲れ様です」
そう言って、俺はキッチンで彼女ら3人に振る舞う夕食を作り始めた。
カレンのやつ……あんまマスターを困らせるようだったら、一度注意した方がいいかな?
まぁ……、それもアイツが帰ってきてからで良いだろう。
どうせあと30分もしたら腹すかして戻ってくるし。
なんて思いながら飯を作り、皆んなへ配膳して、程なくして解散となった夜の9時前……。
––––––––カレンは一向に帰って来なかった。




