第244話・ユリア、初めてのバイト
––––喫茶店ナイトテーブル。
ミライとアリサの2人が公式戦に臨んでいるだろう頃、こっちはこっちで1つの戦いを終えた。
俺は店の制服姿で立つ彼女に声を掛ける。
「お疲れユリア、どうだったよ? 人生初めての労働は」
普段ミライが着ているものより少し小さいサイズの制服を着たユリアが、疲労に汗かいた状態で俺を見上げた。
店内は、最後の客を見送った後だ。
「ろ、労働とは……こんなにも大変なものなんですねっ……。学校の勉強とは何もかもが違いました」
「でも筋は良かったぞ、普段からコーヒーを淹れてくれてるだけあって、その辺の指導はあまりせずに済んだし」
「いえ……しかし課題点は山積みです、正直ちょっと甘く見てた自分を呪いますよ」
肩を落とすユリアは、生まれて初めての労働にかなり打ちのめされていた。
全方位天才の彼女をもってしても、さすがに初社会体験は堪えたらしい。
しかも今日に限って店はいつもより客入りが多く、ユリアにはオーダーと配膳をやってもらったのだが……。
「つまづいてサンドイッチを落としそうになった時は、初めて会長と戦った時の負ける瞬間くらい冷や汗が出ました……」
さすがに1日目。
致命的ではないにしろ、結構な数のミスをしてしまった。
まぁ転び掛けても、咄嗟に飛翔魔法で皿を空中キャッチしたのは見事だったが。
「超高等魔法をバイトに使うやつ、初めて見たよ」
「もうなりふり構わず……ってやつですかね、おかげでサンドイッチは無事配膳できましたっ」
「おう、偉い偉い」
頭を撫でてやると、普段のクールさが一転にへら〜っと表情が崩れる。
可愛い。
それにしても、竜王級の俺相手に空中をマッハで飛び回り、街すら魔法で吹っ飛ばす最強の魔人級魔導士が、こうして初めてのバイトで汗だらけの足ガクガクになっているのはギャップが凄い。
でもそこが可愛い(二度目)。
「会長はさすがでしたね、わたしの指導をしながらほぼミスなく業務をこなして……大英雄さんが信頼するのも納得できます」
「ユリアもすぐ慣れるよ、それより着替えてこい。汗で背中まで濡れてんぞ」
「ッ! はっ、はい! では失礼します」
パタパタと走り去るユリア。
その間掃除でもしようかと思った矢先、店と住居を仕切るドアの奥からユリアの声が響いた。
「あのっ、会長! 少し来ていただいてよろしいですか?」
どうしたんだろう。
更衣室のロッカーの鍵でも無くしたか? まさか彼女に限ってそんなはずはないだろう。
俺は何の気なしに部屋へ向かってノックしてから、「入るぞー」と一声掛けてから入った。
そこには––––––––制服を脱いで“下着姿”のユリアが立っていた。
––––頭が真っ白になる。
低身長だが抜群のスタイル。
色白の肌が、申し訳程度に薄桃色の下着で隠されていた。
腰周りは驚くほど細く、全体的に低身長ながらも余分な脂肪などどこにもない。
飛びそうになる理性を維持しながら、俺は叫んだ。
「おまっ!! 服ッ!!」
必死で目を背ける。
しかもなんか部屋がめっちゃ良い匂いまでするのだから、もうアレである。
今さらユリアも、ちょっと気恥ずかしげにしつつ答えた。
「あっ、これは……まぁ。会長になら別に見られても良いやと思いまして……。それよりこれ見てください」
「見れるか!! 理性飛ぶわっ!!」
「いや、わたしじゃなくって、こっちですこっち!」
チラリと目を向けると、ユリアの手のひらには1つの鍵が乗っていた。
これは––––
「ミライに持ってくるよう言われた、古代帝国のアーティファクトか? どうしたんだよこれが」
アルテマ・クエストで見つけた3つの宝具は、1つが魔導照準器、1つが今ミライの使うペン型魔法杖。
そして最後のこれが、用途不明の鍵だった。
目の前にある鍵型宝具だが、眩しく輝いていた。
「これ、会長の部屋から持って来たとき光ってましたっけ?」
「いや……、別に普通だったぞ。なんでこんな光ってんだ?」
原因は不明だが、何か危なそうな気は別にしない。
つまりここでの行動は––––
「そこにでも一旦置いとけ、んで––––お前は着替えなさい」
放置、眼前のユリアへの対処が最優先である。
「はっ、はい……あっ、会長。わたしの着替え取ってくれませんか?」
「んっ? あぁ」
開いていたロッカーから畳まれた彼女の学園制服を取って渡す。
代わりに渡された店の制服を、バッグに入れるよう頼まれた。
その間、ユリアは特に気にする様子もなく俺の目の前でプリーツスカートを履いたりして、いつもの格好へ戻っていった。
ってかこいつ……最近あからさまに無防備になって来てんな、俺と最初に会った時の敵対心剥き出しユリアなら絶対考えられない。
……それだけ距離が縮まったと思っていいのかね。
「じゃあ掃除は俺がやっとくから、マスターに報告と打刻してきて」
「はい、ありがとうございます」
なんとか赤面を抑えながら店へ戻った時だった。
––––カランコロン––––
店の扉が開く音、同時に賑やかな声が届いた。
「アルスくーん、ユリー、お疲れ様ー!」
「お疲れ〜、2人共〜」
アリサとミライの2人が、揃って入店して来た。
彼女らがドヤ顔で早速見せつけてきた学生証には、前までと記述の変わった部分があった。
『アリサ・イリインスキー、2年A組。学園ランキング“第3位”』
『ミライ・ブラッドフォード、2年A組。学園ランキング“第4位”』




