第237話・王立魔法学園の向上心は本当に凄い、そしてアリサよ退いてくれ
朝の激闘が嘘のように、昼休みはいつも通り訪れた。
寒風が窓ガラスを叩く中、生徒会室で昼食を終えた俺は––––
「なぁアリサ……」
「ん? なぁにアルスくん、どうかした?」
「いやどうかした? じゃなくてだな……、なぜさっきから俺の膝に乗って会計の仕事をしてるんだ?」
椅子に座った俺のさらに上から、制服姿のアリサがチョコンとさっきからずっと乗っていた。
かれこれこの状態で20分……、俺も無言を貫いてきたがさすがに膝が痺れそうだ。
「いやー、ずっと憧れだったんだよねぇ」
「憧れ?」
「そっ、普通の恋愛なんて無理ってずっと思ってたわたしのささやかな憧れ。名付けて”彼氏の膝上で仕事“。マジ捗る」
「名付けるも何もまんまじゃねえか! 俺が捗らん!! いい加減下りろ痺れる!」
「ヤダヤダヤダ!!! 今日は昼休みずっとここで仕事するって決めてるの! 言っとくけどアルスくんには拒否権ないから!」
「んなっ!?」
どういう理屈だと困惑する俺へ、ソファーに座るユリアが答えをくれた。
「アリサっちは大好きな人の膝上で時々栄養補給する生き物なんです、だから多分言うだけ無駄ですよ会長、可愛がってあげてください」
「どんな生き物だよ、聞いたことねーぞ」
「大丈夫です会長、わたしは休日にイラストを描いてる時6時間ぶっ通しで座られた過去がありますので」
「6時間!? お前が!?」
「はい、その時の経験談から言いますと……テコでも動きませんので、もはやそういう生き物だと思ってください」
あのユリアが諦めるレベル。
っとなるとどかすのは無理か……、俺は現実逃避するように話題を転換した。
「思ったんだけど。ここの生徒って……すげーたくましいよな、お前ら含めて」
「いきなりどうしたんですか?」
「朝の件、普通300人で挑んで負けたら1日2日は悲観で潰れそうなもんだろ? けど今日普通にみんな保健室で軽い治療だけ受けて、全員出席だったんだ……もう一度言うけど300人全員な」
「そりゃーアルスくん……」
膝上のアリサが、仰け反って俺の顔を見上げる。
「ここは天才秀才しか来れない学園だよ? 竜王級に挑んで負けました、はい終わり……なんてヤツ誰もいないよ。もちろんわたし含めてね」
ニッコリ笑ってから元の体勢に戻るアリサ。
「そりゃそうか、異世界研究部のニーナも以前ユリアにやられたけど全くヘコんでなかったしな。だとしたら明日にでもさらに対策練って再戦されそうだ」
ここの人間たちは本当に凄い。
末尾の生徒も含めてだが、やはり向上心が違う。
ユリアはいつだって俺から勝ちを奪おうとしているし、アリサも今はこんなだが虎視眈々と俺を越えようと努力している。
ミライもきっと、どこかの部分で俺を狙っていると見て良い。
なんにせよ、油断しないで済む環境なのは本当にありがたい。
だからこそ、俺もさらに“上”が目指せるというものだ。
「まぁ今朝の様子はアリサっちが撮影してくれてたので、校内に会長の実力は十分知れ渡ったかと。同時に戦術研究にもかなり使われるでしょうが」
今朝の戦闘の様子は、俺より早く登校していたアリサがタブレットで撮影していたらしい。
そういえばこいつ、ファンタジア旅行でも1人早起きだったな。
ちなみに一番しっかりしてそうなユリアが、逆に一番の寝坊助である。
今日も登校時間ギリギリを狙って、二度寝をしていたらしい。
「フーン」
ふと、俺は眼前に広がる銀色の後頭部を撫でてみた。
滑り台を思わせるサラサラ具合で、花のように良い匂いが広がる。
「なにしてんのー?」
「いや、なんとなく……髪綺麗だなーって」
「アルスくんじゃなきゃ絶対触らせてないからね」
「そりゃどうも、けどそろそろ退かないと本気でヤバいかもだぜ?」
俺は生徒会室を仕切る扉を見つめた。
「何がヤバいの?」
「言ったろ、この学園には俺という絶好の超えるべき目標が生徒の前にぶら下がってる。そして今は無礼講の公式戦期間……日頃鬱憤溜めてるヤツが、今日決着つけにくるかもよ?」
見つめていた先で、扉が前触れなく吹っ飛んだ。
質量そのままに突っ込んできた扉は、超高速で反応したユリアが横から蹴ることで軌道を逸らす。
ドアだった木材が壁にぶつかり、騒音を立てた。
次いで煙の奥から、ワラワラと人間が侵入してくる。
「お久しぶりイージスフォード生徒会長、っと言っても。あなたはわたしに興味も持ってなさそうだけれど」
入ってきた人間は、全員が腕に『風紀委員』の腕章をつけていた。
そして、声の主は部屋の中央で立ち止まった。
「生徒会室にいきなりブリーチングチャージかますとは思わなかったが、朝の騒動でまぁお前が来るだろうとは想像してたよ……1年風紀委員長殿」
山吹色の髪をツインテールにした少女は、名をマチルダ・クルセイダー。
学園ランキングは、あのユリアに次ぐ“第3位“。
そんな彼女が、鋭い目つきで俺たちを睨んでいた。




