第231話・ユリアVSグラン、ナイトテーブルのガチ面接
マスターとユリアによる、面接が始まった。
緊張に包まれる店内で、俺はモップを床に掛けながら見守る。
「では早速質問だ、ユリアちゃんはなぜバイトをしたいと思ったのかな? 履歴書を見る限りこれまで学業に力を入れていたようだけど」
まずは志望動機。
俺の時とはずいぶん違うが、ミライいわくこういう世間通りの面接が本来の形らしい。
つまりは俺の時がイレギュラーだったということか。
これに対しユリアは、両手を足の内側に置くピシリとした姿勢で返した。
「王立魔法学園の生徒として、いつまでも実家のお金に甘んじる自分へ懐疑を抱くようになったからです」
「ふむ、自発的に労働意欲を見出すのは素晴らしいことだね。じゃあ次に……なぜウチの店へ?」
きた。
これは難所の1つだ、ここでもし具体的に話せなかった場合、他の店でも良いのでは? とアッサリ切り返されてしまう。
だがユリアは、少しも動揺を見せずに口開く。
「……例えばですけどこの喫茶店、見た限りかなり道具が揃っていますよね? 手入れも行き届いていて、従業員の対応も非常に柔軟。とても良い環境だと見受けられます」
彼女は一瞥した周囲から、再びマスターに視線を合わせた。
「そんなお店作りができる所はなかなか多くありません、ユグドラシルのホームページの写真だけ見てもそう確信していました。少しでも気持ちいい環境で働きたいと思った結果、このお店が最も良いと思った次第です」
「ほぅ、確かに最高の環境作りは僕が掲げるモットーだ。そこを見て選んでくれたというのはこちらとしても嬉しいね」
難所を軽々突破。
とても即興とは思えない口調、練習したとしてもこうスラスラと相手の心までは普通掴めないだろう。
かつて俺と争った生徒会長戦もそうだったが、ユリアは基本的に全方位で“天才”である。
その強さが、バイトの面接という場ですら猛威を振るっていた。
「接客業と一口に言っても、世の中には色々な仕事がある。飲食店から小売店、例えばギルドの受付とかね。その中からどうして喫茶店勤務を選んだんだい?」
「数ある接客業において喫茶店は––––最もお客さんとコミュニケーションをする機会、密度が濃いと思ったからです。会話も一方通行ではなく、多くの知らない方と触れ合えることに魅力を感じました」
「例えば?」
「お客さんには色々な方がいると思います、お店のターゲット層にもよりますが主婦や学生、会社員に冒険者。接する人が多様であればあるほど……将来における選択肢のヒント、または自分自身の成長が得られると思っています」
「では君はこの仕事を通じて、自身が将来必要とされる社会性をも養いたいと思っている? またはこの店でなら得られると考えていると見て良いかな?」
「はい、このお店にはそれだけの選択理由が確かに存在します」
「面白い考えだ……、つまり君は僕が採用を考える以前に、応募側にも店を選ぶ権利があると考えている? その上でこの店が選択肢のトップに出たと?」
「その通りです」
「ふむ……良ければ他にも応募理由が知りたいが。聞いて良いかな?」
「はい」
機関銃のようなマスターの質問を、ユリアは涼しい顔で全て受け止めて見せた。
そして、さらにシビアな内容にまで踏み込んだ。
「時給が他のお店に比べて良かったのも、理由の1つです」
普通面接においてお金の話はタブー。
だがユリアは、躊躇なくその地雷原をショートカットコースでも走るように進む。
「……確かにウチの店は時給を高く設定している、じゃあ君はお金が欲しくて応募したのかな?」
「否定しません、社会における労働の基本対価は金銭です。労働契約上の金銭的取引が発生する以上そこには必ず“責任”が生まれます、わたしはそこにこそ……学園だけでは得られない学びがあると考えています」
……完璧な返答。
これにはマスターも、思わず笑みを浮かべていた。
「……世間じゃお金の話は良くないとされる風潮もあるが、僕はそう思わない。雇用される上で必ず確認されるべき、されなければならない部分ですらある。確かに––––君の言う通りだ」
マスターが指を鳴らすと、奥の扉がバンっと開いた。
「以上で面接を終了する。アルスくん、ミライちゃん……彼女を地下室へ」
「「はい」」
それは俺の時と同じ、面接合格のサイン。
以前は俺が連れられた地下室へ、今度は俺がユリアを案内する。
階段を降りていった先には、魔法によって拡張された森林を模す広大な空間が広がっていた。
かつて、ここで俺は自分が竜王級魔導士だと知った。
しかし、今回は俺の時と明らかにマスターの目付きが違った。
「ウチの時給が高いのには少し理由があってね、ユリアちゃんにはしっかり話しておこう」
地面から生えてきたロッカーが、勢いよく開いて中から剣が取り出される。
「店員は万一強盗が来ても必ずお客様を守れる実力者––––つまり、警備員の役割も兼任しているんだ」
「会長にミライさん、それにカレンさんが店員の理由もそこですか……」
「あぁ、お客様を必ず守れる人間しか僕は雇わない。よってユリアちゃんにその資格があるか確認するため––––今から僕と戦ってもらう」
大英雄グラン・ポーツマスは、試すように剣を向けた。
ミライが向けたタブレットから、声が流れる。
《能力判定SS、等級––––魔人級魔導士》




