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第230話・社会人への憧れ

 

 ユリアがウチの店でバイトをしたいと言った。

 その日こそ衝撃のあまり動揺しまくった俺だが、自分なりに必死で考えた結果なのだそう。


 俺はあいつの彼女なので、実家からどれくらいユリアが仕送りを送ってもらっているのかも知っている。

 その金額は貴族らしく莫大で、とても学生が使い切れる額のものではないことに驚いたものだ。


 けれど、俺やミライ、最近ではアリサまでバイトをしていることから、自分だけ家のお金に甘んじていることへ嫌悪感が湧いたそう。


「じゃあそういうことなら、枠が空いてるか聞いてみるよ」


 夕食の席で、早速話を切り出す。


 俺がお世話になっている喫茶店『ナイトテーブル』の店長であるマスターこと、大英雄グラン・ポーツマスさんの返事は即答だった。


「優秀な人材はいつだって募集しているよ、最近カレンがシフトに入ってくれなくて困ってたしね。ぜひ呼んでくれ」


 そんなわけで、なんとユリアは俺のいる店へバイトの面接をしに来ることとなった。

 面接は、俺とミライがシフトにいる時間帯で行われる。


「なんか意外〜、エーベルハルトさんはなんだかんだ実家の仕送りで過ごすかと思ってたわ」


 ナイトテーブルの店内で、店の制服姿になったミライが紅茶をテーブルに置く。

 学園の制服で椅子に座ったユリアは、どこか後ろめたさを感じさせながらカップを取った。


「皆さん自分の物は自分で働いて買っているのに、わたしだけ親のお金なんて、副会長としてどうかと思いまして……」


「良いじゃない、バイトは社会経験にもなるし絶対やっといた方が良いわ。それに自分のお金で買った物は思い入れが断然違うし」


「そうですよね、後は……その」


 ユリアは俺とミライの両方を見ながら、顔を紅くした。


「仕事着というものにも……ちょっと憧れてまして」


「わかるわぁ! わたしも働く前は妙な憧れを持ってたもんよ。私服の冒険者とはまた違ったプロ感? みたいなのがあるのよね」


「はい、でもそういう面ではアリサっち……完全にプロですよね?」


「あー、確かに」


 俺も相槌を打つ。


 アリサのバイト先は、何を隠そうメイド喫茶。

 聞くところによれば、店の記録史上最速で研修バッチを外したそうだ。


 彼女は良い意味でも悪い意味でも、嘘をついたり仮面を被るのが得意である。

 あの恥ずかしいメイド台詞も、今や完璧だ。


 しかも、既に時給100レルナ程アップのA級メイドにすら届こうとしている。

 本当に大したものだ。


「なにアルス、あんたアリサちゃんのお店ずっと行ってんの?」


 ここで、ミライが唐突に切り込んできた。

 俺はコホンと咳払いする。


「まぁ……週に2回くらいは」


「当てたげよっか? アリサちゃんのメイド姿目当てでしょ」


「悪いかよ、可愛いんだから何回でも見たいもんなんだ。一応アリサの許可も貰ってるし」


「別に何も悪くないわよ、元スパイのハイスペック外国人留学生でさらに美人メイド。属性としては盛りに盛られた全乗せ丼と言っても良いくらいだわ」


 全乗せ丼て、まぁ間違いではあるまい。

 そうなると気になるのは眼前の2人である。


 ミライもこう見えてハイスペックの部類だ、しかもスタイルが良くて我らヲタクを具現化したような存在。

 属性なら全然負けてない。


 じゃあユリアは––––


「大貴族で学園副会長、おまけに外国人留学生の美人ストイック少女……うん! こっちも全乗せスペシャル丼だわ!」


 両手を握り締めるミライ。


 ってかやはり全乗せなのか。

 まぁ異論はないが……。

 そうこう話していると、奥の扉からマスターが現れた。


 いつも通り、教授然としたほんわかな雰囲気だ。


「やぁユリアちゃん、一応初めましてになるのかな。店長のグラン・ポーツマスだ」


「あっ、初めまして! 本日面接させていただくユリア・フォン・ブラウンシュヴァイク・エーベルハルトです。今日はよろしくお願いします」


 ガタっと席を立って、お辞儀するユリア。


「よろしくユリアちゃん、じゃあ早速始めようか」


 ここで別室に行くかと思いきや、なんとマスターはユリアの対面に座った。


「さて、では面接と行こう。アルスくんとミライちゃんは平常通り仕事をしていてくれたまえ」


 マスターが顎を動かすと、ミライは足速に駆けて行って扉の外の掛け看板をひっくり返した。

 おそらく、『開店中(オープン)』から『閉店中(クローズ)』に変えたのだろう。


 さて––––頑張れよユリア。


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