第224話・ひっくり返されるパイ
戦場は大混戦の様相を見せていた。
空中、地上を問わず何度も爆発が発生しては消え、また発生する。
第5世代ホムンクルスは、突っ込んでくるアリサと何度目かになる格闘戦を演じていた。
ぶつかり合いが王都をゴゴっと揺らす。
「ウッフフフフ! 舐めていたわ竜の力! まさかこれほどだなんて!」
「アンタをぶっ倒して、わたしは今日の戦略目標を達成する!!」
ランスのような鋭さを持ったアリサの乱打を、ホムンクルスは全て受け止めながら笑った。
「ダメでーす!! それは叶いませーん!! だってあなたは今日わたしに殺されるんですものぉッ!!」
「ぶはっ!?」
裏拳をアリサの頬へ直撃させたホムンクルスは、彼女の服を掴んで精一杯振りかぶった。
「落ちてそこで寝てろォオ!!」
思い切りぶん投げられた彼女は、飲食店の建物へ全身から突っ込んだ。
重い瓦礫が飛び散り、煙が巻き上がる。
「フン、出直してくることね––––」
ドヤ顔で言いかけたホムンクルスは、反射でその場から飛び退いた。
天から降ったイナズマの連撃が、さっきまで立っていた場所を粉微塵にしてしまう。
「わたしを忘れんじゃないわよ!!」
雷を纏って肉薄したミライが、ホムンクルスへ至近距離から雷撃を浴びせた。
「ぐうぅッ……!!」
「ホムンクルス様っ!!!」
それに反応した偽天使バリアンが、すぐさま交通標識の上へ移動。
ミライ目掛けて聖なるイカヅチの嵐を撃ち上げた。
しかしそんな隙を逃すはずもなく、道路上でラインメタル大佐が、手近にあった乗用車を両手に軽々と持ち上げた。
「よそ見をしている場合かね!?」
おもちゃでも投げるかの如く、次々に停車していた車をバリアンへ向かって放り投げた。
「クッ!!」
攻撃を中断し、飛んできた車を空中で矢継ぎ早に迎撃していく。
その爆発にまぎれていたのだろう、黒煙を焔が晴らした。
「大英雄ッ!?」
「『イグニール・ソニックブラスト』!!!」
迎撃網を強引に突破して、グランはバリアンへ突撃した。
焔が膨れ上がり、バリアンを中心に大爆発を引き起こす。
爆炎を離れて、再び大佐の横へ並ぶグラン。
「よくやったグランくん、だが感じるかい?」
「えぇ大佐……直撃でしたが、あまりダメージを負っていないようですね」
案の定、煙からバリアンが現れる。
道理でここへ飛び込んでくるまでに、散々アリサから攻撃を食らっていたのに平然としているわけだ。
硬い、とにかく防御力が人間のそれを超えていた。
その時、全壊した飲食店から飛び出してきたアリサが、グランの前へ降り立つ。
「大英雄さん! アイツすっごく硬いんで、注意してください」
「あぁ、今思い知ったところだよ……」
血界魔装の出力を全開にしたアリサが、魔法攻撃に備える。
しかし攻めきれないことに苛立っているのは、向こうも同じようだ。
「えぇい!! 何をしているの偽天使! あんたスカッド様の力を使ってるんでしょう!? それなりに戦って見せたらどうなの?」
「わ、私は精一杯やっております! しかし2体もの竜の力を奪うとなるとエネルギー消費を抑えないと……」
「負けたら奪うもクソもないわよ!! いいから全力を出しなさい!!」
「ッ!! ずあぁっ!!!」
仕方なく全力で地を蹴るバリアン。
再びの激突。
かつてこれほどの大乱戦があっただろうか。
飛び交う雷撃、地面をえぐるレーザー、ボールのように放り投げられる乗用車、全てを灰にする焔。
王国屈指の実力者たちが、街の損壊を度外視して攻撃をただひたすらにぶつけ合う。
その様相は、まさしく総力戦であった。
大砲の撃ち合いが生ぬるく見えるレベルである。
しばらく膠着状態が続くも、バリアンが上空からアリサへ襲い掛かることで動きが出た。
「はあぁッ!!」
「ぐっ!!」
フェイントでアリサの背後へ転移したバリアンが、彼女の体を拘束。
身動きを封じた。
「今です!! ホムンクルス様!!」
アリサの行動さえ封じれば、大規模破壊魔法が使える。
この絶好のチャンスに、飛び上がったホムンクルスが魔力で輝いた。
「マズイ……!」
すかさず各々が防御姿勢を取る。
ホムンクルスは、笑いながら振り上げた手に魔法陣を浮かべた。
大規模爆裂魔法である。
「喰らええぇカス野郎共ッ!!『対勇者極攻撃魔法』オォッ!!!」
第5世代の名に恥じぬ、絶大な爆裂魔法が撃ち下ろされる。
勝った、これで鬱陶しい連中を一網打尽にできる!
王手、積み、いや––––チェックメイト!!
街ごと吹っ飛ばすこの攻撃、もはや誰にも止められない!!
「えっ…………?」
勝利の愉悦に早くも浸ったホムンクルスは、……見た。
横から飛び込んできた“蒼い弾丸”が、爆裂魔法に爆発すら許さず消し去ってしまったのを。
それは、砲弾に砲弾を当てて誘爆させるようなものではない。
本来爆発すべき砲弾が、起爆信号の送信すら許されず消滅させられたに等しい。
「よぉ、ずいぶん派手にやってんじゃねえか。もし結界張ってなかったら本当にフェスティバルが潰れてたな」
振り向いた先に、声の主はいた。
蒼色のオーラを纏い、木製ライフルKar98kをコッキングする灰髪の青年。
「みんなありがとう、時間稼ぎ本当に助かった。後は––––全部俺がやる」
世界最強の魔導士にして、王立魔法学園生徒会長。
竜王級––––アルス・イージスフォードが、結界の安定化を終えて空に浮いていた。
この時初めてホムンクルスとバリアンは、背筋を襲う冷たい汗を流した。




