第222話・史上最大の大混戦
それはあまりに唐突だった。
いよいよ第5世代との決戦という時に転がり込んできたのは、
「アリサちゃん!?」
「バリアンさんっ」
グランとドクトリオンは、突然乱入してきた2人の名前を思わず叫んでいた。
「あれ? みんなどしたの……こんなところで」
「ど、ドクトリオン様……! これは一体」
向こうも向こうで困惑する。
先ほどまで2人は、アリサの能力で魔法が使えないことによって、ひたすら互いを拳でぶん殴り合うという非常に泥臭い戦いをしていた。
しかもただの殴り合いではない。
血界魔装と天使の力、相容れぬ能力同士の衝突は、それがたとえ子供の喧嘩じみた戦闘でも街を粉砕しながら移動し、繰り広げられていた。
その果てに転がり込んだのが、たまたまこの場所だったのである。
「やぁイリインスキーくん、随分と忌々しい外見のヤツと戦っているようだが……どちら様かな?」
「あっ、ラインメタル特別顧問……。えーっとなんかバリアンとか言ってました」
「フッ、やはりか……」
微笑する大佐。
この天使化しているバリアンこそ、大人組が本来追いかけていた最重要ターゲットなのだ。
「おいラインメタル。こうなることまで読んで……だから出店巡りなどというらしくないことまでして、ずっとこの機会を伺っていたのかえ?」
「まさか、単なる偶然だよ……私は預言者じゃない」
「しかし見立ては当たったんじゃ、これは必然と言っても良いのではないか?」
「あいにく運命なんぞ信じるたちではない、私はただ––––」
背後に瞬間移動のごとき速度で現れたホムンクルスの攻撃を、振り向きざまに銃剣で受け止める。
「仕事をしているだけだよ」
大佐、そして傍にいたグランが、ホムンクルスの連撃を2人掛かりで防ぐ。
それでも第5世代と名乗るだけあり、攻防は徐々にホムンクルスが上回り始めた。
隙を逃さず、距離を取ったホムンクルスが振った右手から高出力レーザーを撃ち出す。
あらゆる物質を蒸発させようと突っ込んでくるそれを––––
「よっ!」
間に入ったアリサが、霧のように掻き消してしまった。
彼女の魔壊の能力は、大小に関わらずどんな魔法も無力化できるのだ。
「へん、ちゃっちい攻撃だね亜人さん。けど相変わらず外見は良い趣味してんじゃん」
「……ドクトリオン、こいつは?」
初めてホムンクルスが喋る。
「おぉサーニャ! そいつは竜の力の持ち主です!! なんという僥倖絶好チャーンス到来!! 命令更新です! まずはそいつから能力を奪いなさい!!」
「あぁ……思い出した。あの時列車に乗ってた子ね、わかったわぁ博士」
おぞましい笑みに触発され、アリサも全身から紫色のオーラを溢れさせつつ応える。
「へっ、ファンタジアに行く列車で会った時からどんだけ進化したか、見せてもらうよ!!」
2人は超高速でぶつかり合うと、戦場を屋根上へ移した。
殴り合う音が、衝撃波と破砕音を伴って周囲に撒き散らされる。
その姿は、時折残像となって見えるほどのスピードだ。
「おのれ魔壊竜……! こうなったら俺も加勢して––––」
翼を翻したバリアンが横槍を入れようとするも……、
「『イグニール・スネークソード』ッ!!」
「のぁッ!!?」
まるで鞭のようにしなった焔が、バリアンを空中からハエ落としの要領で下に送り返した。
レンガが砕け、荒んでいた地面から土埃が巻き上がる。
「ルールブレイカー王都支部 支部長バリアン、大英雄の名の下に––––お前を断罪させてもらう」
立ちはだかったのはグラン・ポーツマス。
次いで大佐とフォルティシアだった。
「ぐっ……! ドクトリオン博士!!」
3対1、思わず加勢を求めて叫ぶが。
「あなたは今偉大なるスカッド様の能力を使っているのですよ!? 本来使用禁止のフェイカーなのです、後の弁解のためにもご自分で打開なさってください!」
「ッ!!」
アッサリ切り捨てられてしまう。
それもそうだろう、ボスの力を使っておきながら助けてもらったのではスカッドの顔を潰す行為に等しい。
ここは自分1人でやるしかなかった。
「クッ……!! かぁアァッ!!!」
偽天使バリアンは、単身で大英雄たちへ突っ込んだ。
その頃、空中では魔法を禁じた少女2人が殴り合いを展開。
「あなた随分強くなったじゃない! それも竜? 竜の力ぁ!? ならもっとわたしに見せてぇッ!!」
「キ モ イ!!! わたし、女の子も一応恋愛対象だけどアンタは生理的にマジで受け付けないから!! それにもう本命の人いるからッ!!!」
「そんなこと言わずにぃッ!!」
「い や だ!!!」
「そんなこと言わずにぃッ!!!」
拒絶と共に叩きつけたパンチはかわされ、逆にアリサがカウンターで蹴り飛ばされる。
「くっ!」
すぐさま体勢を立て直し、近場の屋根へ着地するが……。
「はい、ドーンッ!!」
「ッ!?」
屋根が下から噴火のように爆発した。
地雷の要領でどこかのタイミングで爆裂魔法を仕掛けていたのだろう、爆発はともかく破片の直撃は絶対のはずだ。
物理的なダメージは、魔壊でも防げない。
「殴り合いしか脳がないのにぃ、本当に竜のチカラを使いこなせてるつもりなのかしらッ!? アッハッハッハッハッハ!!!」
爆煙を見て大笑いするホムンクルスだが、背後からナイフで刺すがごとく言葉は飛んできた。
「そう? 別に合理的だと思うけど……何がそんなにおかしいのかしら?」
「!?」
振り返れば、尖塔の上からアリサを腰に抱える少女が見下ろしていた。
明るく輝く茶髪のポニーテールに、王立魔法学園の体操服をさらに上から覆うスパーク。
爆圧の速度すら超えて、アリサを助けたのは––––
「おーさっすがミライさん、ちょっと登場が遅かった以外は完璧だねぇ」
もう1人の竜……、『雷轟竜の衣』を発動したミライだった。
「ごめんアリサちゃん、ちょっと寄り道しちゃってた」
「全然いいよ、ほら––––今度こそ一緒に戦おっ!」
「そうねっ」
さらなる竜の乱入者。
ドクトリオンは狂喜乱舞した。
「素晴らしい!! ビューティフォー! マーヴェラス!! なんという晴天の霹靂!! またとない機会ですよサーニャ!! すぐにでも能力を奪いなさい!!」
ミライ、アリサ、ホムンクルス。
グラン、フォルティシア、ラインメタル大佐、バリアン。
少し離れた区画ではカレン&ペインVSレイ&グリード。
史上稀に見る大混戦を、王立魔法学園の屋上から今のところ地味な役割に徹する竜王級は眺めていた。




