第219話・欺天使バリアン
「さーて、見つけたよ……犯人さん」
空中からミサイルのように着地したアリサは、体操服に付いた埃を手で払いながら立ち上がった。
睨め付けた先に立っていたのは、シャツにジーパンというラフな服装をした男。
けれどアリサには、それが一般人だという風にはとても見えない。
彼の名はルールブレイカー王都支部 支部長バリアン。
先日行われたアルト・ストラトス海兵隊による掃討戦、その唯一の生き残りだった。
「誰だお前は……この結界で動けるのか?」
「こっちも同じ疑問だね、もしかしなくても……胸にかっこよくつけた“アクセサリー”のおかげかな?」
視線の先には、淡く光る石ころ。
もはや疑う余地などない、無能力者を魔導士にしてしまう人口宝具––––『フェイカー』だった。
「異世界研究部の魔法を妨害したのも、あなた?」
「ふん、だとしたら?」
「簡単な話だよ」
バリアンの眼前からアリサが消えた。
転移ではない、恐ろしい領域にまで底上げされた身体能力による超高速肉薄。
1回のまばたきより速く、バリアンは顔面を殴り飛ばされていた。
「ごあぁっ!?」
木の葉のように宙を舞ったバリアンは、小石がごとく転がった先でトラックに激突。
荷台を大きくへこませた。
「あなたを今、この場で––––たっぷりぶちのめす。ルールブレイカーの目的がアルスくんなら」
全身から紫色のオーラを溢れさせたアリサは、普段こそ優しい目つきを鋭いものへ変貌させた。
「一切合切、遠慮容赦なく、可能な限りの全力で! お前を殴り殺す!! フェスティバルの邪魔者はわたしが許さない!!」
『魔壊竜の衣』に変身した今のアリサは、間違いなくバリアンを超えていた。
そこに妥協や油断が介入すれば話も別だろうが、彼女にそんなものは全くない。
正攻法で挑めば、勝率100%の戦いだ。
「たしかに……、お前は強そうだ。スカッド様が”竜の力“にだけは気をつけろと仰っていた意味が、今ならわかるぜ……」
ゆっくり立ち上がったバリアンは、乱れた髪を整える。
「だがお前は考えたことがあるか? その力––––『血界魔装』についてだ。見たところ伝説の竜、オーニクスと同じ能力を持っているな」
「時間稼ぎの雑談には乗らないよ、2分後にあなたは地面に這いつくばってるんだからさ」
「はっ! やはりだな……思った通りだ。貴様はただ手に入れた力を闇雲に振るうだけの子供だ。自分の力に全く向き合っていない」
「魔導士モドキにだけは言われたくないね、そのフェイカーに誰の能力が入ってるかは知らないけど––––」
再び地を蹴ったアリサは、直上から縦に拳を振り下ろした。
「これで終わりだよ!!」
チェックメイトと思われた瞬間、複数の事象が同時に起きた。
バリアンの『フェイカー』が輝いたと同時、彼の目が“金色”へ染まったのだ。
0.5秒後、通りにある建物が砲弾でも落ちたように瓦礫を散らした。
「がっ……はッ!?」
高速で吹き飛ばされたアリサが、壁に打ち付けられた状態で姿を現す。
なにがどうなった……、記憶を探っても訳がわからない。
気づけばアリサはここに叩きつけられていたのだ。
「魔法が一切効かない竜の少女よ、無知なお前に良いことを教えてやろう」
「ッ!?」
煙が晴れた先に立っていたのは、さっきまでの中年男性ではない。
純白のトーガを身につけた、若く色白の青年へと変貌していた。
背後からは、同色の翼が翻る。
「この『フェイカー』に収まりし能力は、偉大な上位種にして我らがルールブレイカーのマスター。大天使––––スカッド様の一部。竜の力ごときで上回ることなぞ決してできん」
「ケホッ……、天、使……?」
「あぁ、軍に襲われた中––––これだけは守り抜けたんでな。本来使うことなど許されないが……この状況ならスカッド様もご許可くださるだろう」
剥がれ落ちる形で地に足をつけたアリサは、一瞬薄れかけた意識を気合いで覚醒させる。
「天使の能力持ちが、ずいぶんとセコイ絡め手ばっか使ってたもんだ……。そんな能力あるなら最初から使いなよ」
「なーに、状況が少し変わっただけだ。お前が天空から突っ込んできた段階で予定は変更された」
偽りの翼を広げる欺天使バリアンは、口角を吊り上げた。
その身体からは、魔力とも違う力が燃え盛る。
「スカッド様のお達しでな、愚かな古代帝国の遺産である竜使いの能力者は––––接敵したら全力で能力を奪えと厳命されている。さぁまずはお前からだ……魔壊竜」




