第216話・開戦
時間は少し遡る––––
「さて、ぶっつけ本番……上手くできるか」
メイクを落とし、キッチリ男子用制服に着替えてアルスフィーナからアルスへ戻った俺は、学園屋上の扉を開けた。
やはりというか、演習場を始めとして市内でも戦闘が起こっている。
このままでは、大魔導フェスティバルは混乱に飲み込まれるだろう。
「無差別上等か、いい根性してるじゃねえか」
ならこちらも手を打つとしよう。
無策でテロを待っているなど、俺の信条ではない。
銃をスリングで吊って、屋上で息を大きく吸った。
「フェスティバルをめちゃくちゃの混乱に陥れて、俺の祭事を潰すつもりだったんだろうが––––」
『魔法能力強化』発動。
全身を紅いオーラが包み、周囲を余波が揺らした。
「お生憎様……、同時多発攻撃ごときで俺の防衛プランを飽和させられると思った時点で、お前らの負けだ……ルールブレイカー」
ゆっくり上げた右腕を、空間ごと切り裂くように振り下ろした。
俺を中心に緑色のドームが広がり、やがて数十キロに渡る王都を丸ごと包んだ。
「『魔法結界』、これで一部の実力者以外の全ての時間を隔離できた」
これはセント・レグナム学園と公園で戦った際、フォルティシアさんが時間魔法で街の修復をしていたのを見て思いついた策だ。
この空間内なら、入っている人間が持つ前後数分の記憶操作も可能。
ルールブレイカーがいくら暴れようと、フェスティバル参加者たちには一切気づかれないというわけだ。
「演習場はユリアに任せていいだろう、俺は遊撃を担当して––––」
足を動かそうとした瞬間、俺は紙一重でその判断を中止することに成功した。
なぜなら、僅かに移動しただけで結界が崩れかけたからである。
「あ、ひょっとしてこれ……」
俺はこの時、初めてぶっつけ本番のデメリットにかち合った。
「安定化に結構……! 手間と時間かかるやつじゃねえかっ」
ちょっとでも気を抜けば、空間に綻びが生じる。
おまけに皆が王都のあちこちで派手にやり合うもんだから、衝撃で広大な結界に負荷がかかりっぱなしだ。
「今の俺……超地味な役割じゃん、しゃーねぇ。バトルフィールドはこっちで整えるから、ほんの少しだけ皆に踏ん張ってもらうか」
ルールブレイカーの目的は、俺の能力の奪取。
今この無防備な状態は、奴らにとって絶好のチャンス。
けれどこんな事態を想定していなかったと言えば、それは嘘だ。
「俺が繋がりを築いた天才たちを相手にして、無事に俺の場所まで来れるかな?」
◆
「ハッハッハッハッハ!! なんという情景! なんという魔法力!! こんな強大な光景は久しぶりに見たぞ!」
学園にほど近い場所で、出店巡りをしていた王国駐在武官ジーク・ラインメタル大佐は高笑いを上げていた。
その足元では、既に数体の死骸が転がっている。
「なるほど考えたもんだ、我々は彼にとってフェスティバルの防衛ユニットであるというわけだな。本当にイージスフォードくんは合理の権化だ、ここまで来ると清々しさすら覚えるぞ」
「んー……ワシは神力を失ったおぬしが、この結界で動いている方がよっぽど不思議じゃがのぉ」
「はっはっは! こう見えて元勇者だからね、それに––––」
ラインメタル大佐は、周囲の屋根上を見上げた。
「こんな素晴らしい戦争に参加出来なかったら、それこそ後生後悔で自決しかねない。せっかく竜王級がバトルフィールドを整えてくれたというのに」
「相変わらず戦争狂ですな、しかし貴方はそうでなくてはらしくない」
大英雄、大賢者、元勇者を“無数の彼女”たちは見下ろしていた。
頭部に猫獣人特有の耳を生やした、全員が同じ外見を持つ亜人。
ルールブレイカーが生産した、ホムンクルスたちだ。
大佐の足元に転がっている死骸も、全く同じ外見をしていた。
「もう少し楽に近づけると思ってましたが、まさかこんな連中が潜んでいるとは……どう致します? ドクトリオン博士」
リーダー格のホムンクルスが視線を向けた先に、男が転移魔法で現れた。
頬から垂れる贅肉を揺らし、全身を白衣に包んだマッド。
「やはり貴方が今回の攻勢、その主犯ですか……ドクトリオン博士」
「おやおやおや? 誰かと思えば大英雄グラン・ポーツマスではありませんか。魔獣王討伐作戦以来ですねえ……ずいぶんと落ち着いた雰囲気になりましたなぁ!」
「そんな話はどうでもいいのですよ、国防省の権威だった貴方がなぜ闇ギルドなんぞに?」
「世の中には永遠に変わらないものもあるが、人は実によく変わるのですよ、かつて暴君だった君が変わったようにね」
「愚かしい限りですな……目的はこの先にいるアルスくん––––竜王級の能力ですか?」
「さっっっすがに理解が早い!! 仰る通りですよグラン!! 我々は我々のルールを構築するため、竜王級の能力が必要なのです」
「そうですか、では言葉も最低限で十分ですな」
剣を抜いたグランは、刃の先端に至るまで焔を走らせた。
「ミリシアの大英雄として、今彼の元へ行かせる訳にはいきません」
背後で呼応するように、大賢者ルナ・フォルティシアも宝具『インフィニティー・ハルバード』を具現化させた。
「そう言うことじゃ博士殿、悪いがここは行き止まりと認識してもらいたいでの」
「フォーっホッホッホ!! 古の大賢者にして、地に堕ちし神獣である君が中立を破るのですか? ルナ・フォルティシアぁっ?」
「ここは無限の観測に飽いていたワシへ、無数の喜びを与えてくれた世界じゃ。それに……竜王級はいまや大事な愛弟子の彼氏じゃからのぉ」
2人の前へ出たラインメタル大佐が、軍用コートの内側に仕込んでいた銃剣を2本取り出す。
「そういうことだ––––愚かなマッドサイエンティストよ、せいぜい君の作品が……我々を退屈させないことを願うよ。言っておくが、私達を超えれないようでは竜王級に挑むチャンスすらないぞ」
ラインメタル大佐の笑みと同時––––30体を超えるホムンクルスが、一斉に3人目掛けて襲い掛かった。




