第215話・ユリア参戦
「…………」
腹を貫かれた黒騎士が、大きく飛び退いて後ろへ下がる。
明らかに致命傷だが、さっきと同様にまたも一瞬で風穴が塞がれてしまった。
「気をつけてエーベルハルトさん! アイツこないだのドロドロくんとは訳が違うっぽい。こっちも大技失敗しちゃった!」
どうにか体勢を立て直したミライが、上空のユリアへ警告を送る。
しかし、彼女は黒騎士の圧倒的な再生能力を見ても動揺のカケラすら晒さない。
それどころか、うっすら笑みを浮かべた。
「フフッ……まぁある意味良かったです、そんな大技もし決まってたら……被害の収拾がつかなくなるところでした」
「被害の、収拾……?」
「こういうことですよ」
刹那、快晴だった空が薄い緑色へ染まった。
色の洪水はたちまち王都の天を覆い隠し、膜のようなドームを形成。
不思議なことに、街から昇る黒煙の動きもピタリと止まってしまった。
行われたのは、まさしく空間全部の隔離––––
こんな異次元規模のことができる人間は、1人しか思い浮かばない。
「『魔法大結界』!? まさか……アルスが!?」
「説明は後でします、まずは目の前の黒騎士さんを倒しますよ」
杖の先端を再び向けたユリアが、魔力を高めた。
「星凱亜––––『火星獣砲』」
街すら薙ぎ払う高出力レーザーが、またも黒騎士を上空から貫く。
だがのけぞった黒騎士は、そのまま反動で一気に体勢を前へ––––
ユリア目掛けて信じられない速度で跳躍した。
「危ないユリ!!」
研ぎ澄まされた漆黒の剣は、甲高い金属音と同時に防がれた。
『インフィニティー・オーダー』を2刀短剣モードにしたユリアが、空中でアッサリ受け止めたのだ。
鍔迫り合いながら、彼女は顔を逸らさず叫んだ。
「アリサっち! ブラッドフォード書記! 会長からの伝言です!!」
刃をスルリと受け流したユリアは、逆に黒騎士へカウンターを打ち込む。
軽い連撃を挟み、敵を地面へ送り返す。
「異世界研究部の召喚魔法を妨害した人間が、まだどこかにいるはずです! 2人はそいつを探してください!」
空中で急加速したユリアが、地上に落ちた黒騎士へ勢いよく突っ込む。
ニーナでは傷も付けられなかった敵に対し、ユリアはただの蹴りですら鎧を簡単にへこませていた。
「わ、わかった」
さすがにアルスと比肩しうる実力者。
加勢の必要なしと判断したアリサが、魔力ソナーを周囲に広げた。
魔壊竜の力は、あらゆる魔法を破壊し、その残滓すら鋭敏に探知する。
跳ね返ってきたものの中に、近くの物陰から“転移魔法”の痕跡を見つけ出すのに時間は掛からなかった。
「もう校外に転移したみたいだ……、けどまだ離れきってはいないね」
「どうするアリサちゃん?」
「ここにいたらユリが本気を出せない、犯人にも逃げられる。ってことでミライさん––––」
アリサが出した答えは、実にシンプルだった。
「南校門の方へわたしを思いっきり放り投げて、この時間が止まった『魔法結界』の中で動いてるヤツは限られてる」
「空中からなら見つけやすく、一気に肉薄できるって算段ね」
「そういうこと、じゃあ––––」
ミライへ向かって突っ走ったアリサが、ジャンプと同時に両手を前へ出した。
「行くよッ!! ミライさん!」
「合点!!」
飛び込んできたアリサの両手をガッチリ掴み、そのまま高速回転。
雷轟竜の力で、砲弾でも打ち出すかのようにアリサを放り投げた。
「すぐ追いつくからねー!」
地面と一緒に、ミライの声が豪速で遠ざかる。
空高く飛んでわかったのは、この巨大な結界が案の定––––学園の屋上から広がっているということ。
眼下に見下ろす市街は、群衆を含めて全部がピタリと止まっていた。
これなら、どんな戦闘が起きようと犠牲はゼロであろう。
「これが竜王級の結界規模かぁ……、普通は1ブロック覆うだけで精一杯なんだけど」
アリサの目は、全てが止まっている中で道路をひた走る人間を捉えた。
「本気で逃げられると思ってるのかな?」
魔法陣を物理的な足場にして、目標へ急加速。
アリサはまるで弾道ミサイルのごとく、黒騎士暴走の犯人の進行ルート上へ着弾した。




