第209話・アルスフィーナ
大魔導フェスティバル午後の部がスタートした。
各クラスや部活が、一同に日頃の成果や出店などを展開して来賓をもてなす。
服装は各々自由で、ミライやアリサは着替えが面倒くさかったらしく体操服のままだ。
「よっし、完成!」
そのアリサが、椅子に座る俺の前で目を輝かせた。
これほど嬉しそうな顔は、いつぶりだろうか……。
「やっばぁ〜! 見立て通りアルスくん……素材としても竜王級だよぉ、こんなんどっからどう見ても美女じゃん」
「アルス……いえ、”アルスフィーナ“。あんた今最高に輝いてるわよ!」
親指を立ててグッドと送ってくるミライを、俺は思わず睨んだ。
しかし迫力など微塵もなく、逆に哀愁が漂ってしまう。
今の俺はこいつらの手によって……男を捨てさせられていた。
「いいね……! 王道系黒髪美女って感じだよ」
「誰が美女だ……、しかもなんだこの制服は」
異議を申し立てたのは、俺が今着ている服装。
白色基調な王立魔法学園のいつもの制服ではなく、グレー配色の知らない制服(女子用)だった。
「設定作りだよ設定作り、”アルスフィーナ“は名門グラン・ロード高校在学の2年生で、クラス委員長ってことになってるから」
「なぜそうなった……!」
椅子に座りながら頭を抱える俺に、アリサは当たり前のように言葉を作る。
「同じ王立魔法学園在学だったら、一発で嘘ってバレるじゃん。それと……あった! これ食べて」
「ん?」
差し出されたのは、一見ただのキャンディ。
「なんだよこれ……」
「いいからさ、騙されたと思って舌で舐めてごらん」
もうヤケクソというか自暴自棄になっていた俺は、言われるがままにそのキャンディを口へ放り込んだ。
数秒で舌の上から溶け去ったそれは、味も何もしない妙な物。
「これでどうなるって……オイ」
一瞬自分以外の誰かが喋ったと思ってしまう。
高音で鈴のような声は紛れもなく……俺の口から出ていた。
「近所の魔導具屋さんで買った『ボイスチェンジャー・キャンディ』だよ。ユグドラシルの配信者御用達、これで確実にアルスくんだってバレないよ」
処置は済んだと言わんばかりに道具をしまうアリサ。
ミライに至っては、感動のあまり涙を流す始末だ。
「このクソ腐女子共……! 絶対いつかわからせてやるからなっ」
「うんっ、声も顔も超可愛いよアルスくん。さぁ––––」
立ち上がらされた俺は、生徒会室の外へ放り出された。
「ユリに夏コミのお礼……、ちゃんと言わせてあげてよね。大事な家族ならさ」
背後で扉が閉まる。
あーくっそ……、もう二度となるまいと思っていた存在にもう一度なってしまった。
まぁ確かに? ユリアが恩人にお礼を言うチャンスはあげるべきだろう。
けどいざ正体がバレたらどうなる? 恩人と思っていた女性が、まさか女装した俺だったなんて。
俺の脳裏に1つの言葉が過ぎった。
––––破局––––
「いやいやいや! いくらなんでもいきなりそんな––––」
そこまで言って、俺はキール国と戦った時のユリアが出した言葉を思い出した。
『わたし、嘘つきは許したことがないんです』
そうだった……! あいつガチの嘘つき嫌いじゃん! この女装も、俺がワザと別人を騙っているという広義的な見方をすれば“嘘をついている”ということになりかねない。
中止! 中止だ!!
こんなリスキーなこと、大魔導フェスティバルという大舞台でやるべきじゃない!
生徒会室へとんぼ返りしようと踵を返した俺は、流れる視界の中で1人の女の子を捉えた。
「アルス……フィーナさん?」
着替えを終え、制服姿に戻ったユリアが廊下に立っていた。




