第208話・お弁当大パーティー
「終わったああああぁぁぁああ!!!」
大魔導フェスティバルで予定されていた、午前の部全てのプログラムが終了した。
制服に着替えた俺は、生徒会室の自席へ戻ってウンと背伸びする。
「競技は一応白組が勝ったが……、後でユリアには出店のメニューくらい奢らないとなぁ」
結果から言って、行ったほぼ全ての競技において白組が赤組を制していた。
大人げなくも俺が全力を出した結果だ。
1人相手側で奮闘していたユリアへ若干の申し訳なさを覚えつつ、俺はふと時計を見る。
「12時過ぎか……さすがに腹減ったな、とりあえず購買でパンでも買って––––」
そう言って立ち上がりかけた俺は、自らの思考の甘さによって腰を砕かれた。
「そうだ……、購買今日やってないじゃん……」
完全なる不覚。
大魔導フェスティバル中は購買が休みなのだ、ついいつものノリで昼食のことを軽視してしまっていた……!
どうする、昼抜きで午後の部を乗り切るか……?
いや、一瞬とはいえブルーになった上競技で体力も消耗している。
絶対に食べた方がいい、けど肝心の食い物が……ッ。
「やっほーアルス、もうお昼食べた?」
歯噛みしている俺へ、突然声を掛けてきたのはミライ。
ドアからちょこっと顔を覗かす。
「いや……昼食どころか絶食直前」
「は? なにそれ」
「購買が閉まってるの完全に失念しててよ、弁当も持ってきてないし昼は抜きになりそうだ」
頭を抱えながら机に突っ伏す。
どこか探るように、ゆっくり足音が近づいてきた。
「じゃ、じゃあさ……これっ」
「えっ?」
ミライが机に置いたのは、どこからどう見ても弁当箱。
蓋を開けると、煌びやかに輝く白米で構成されたバリエーション豊かなおにぎりがギッシリ。
1つわかるのは、それがキッチリ“男子1人分“の量ということ。
「う、ウチのお母さんが張り切っていっぱい作っちゃってさ! アルスには普段コミフェス手伝ってもらってるし……その、可哀想だからちょっと分けたげる!!」
「マジ? ……良いのか?」
あまりに突然のことに困惑していると、再びドアが開いた。
「アルスくん乙ー! 我らが白組の完全勝利だったね、もうお弁当は食べたー?」
「……いや、まだだが?」
まさか……。
「ホント? 良かった〜、はいじゃあこれ!」
ミライの弁当箱の隣に、何種類ものパンが入ったカゴが重い音を立てて置かれる。
「いっぱい作ったは良いけど食べきれなくってさぁ、アルスくんにも一緒に食べて欲しいんだよ。男子の胃袋頼りにしてるよ」
「お前が普段食う量でこれを”食い切れない“はちょっと苦しくないか……?」
「ん? 何が?」
「いや、なんでもない。ってことは––––」
案の定というか予想通り、トビラが三度開かれた。
「あのー会長……、お昼作ってきたのですけど……その、一緒にどうですか?」
ユリアである。
まるで決定事項のごとく、両手に何段もの弁当箱を持って入室してきた。
「あら、アリサっちにブラッドフォード書記まで。どうしたんです?」
「えっへへ〜、ユリと多分同じー」
「わ、わたしは分けに来ただけよ! ついでに一緒に食べる相手探してただけだし?」
10分前とは打って変わり、俺の机にはところ狭しと食事が並べられた。
ミライのおにぎり弁当、アリサのパン弁当、そしてユリアのハンバーグ弁当。
これでさすがに気づかないわけはないが、敢えて言うのも無粋だろう。
俺は差し伸べられた支援物資を前に、素直に感謝の意を述べた。
「すまん、ありがたく頂くよっ」
結局、生徒会室で俺たち4人は揃って昼食を摂ることになった。
まずミライの、明らかに彼女手作りだろうおにぎりを頬張ってみる。
「塩気がちょうど良いな、運動後にピッタリだ」
「そう……良かった、アルス一応日本食が好きみたいだったから」
照れ臭そうに顔を逸らすミライ。
お次にアリサのピザトースト。
「もぐっ、これは……今度ぜひ熱々のウチに食べてみたいな!」
「ッ……!! べ、別にいつでも作るよ……アルスくんが食べたかったらさ。君は命の恩人なわけだし」
顔を紅潮させながら微笑むアリサ。
ローテーションの最後に、ユリアのハンバーグを口に放り込む。
「ど、どうですか? 会長」
「普通に超美味くてビックリしてる……、店かよ。お店クオリティかよ」
「当然ですっ、なんたって会長の好みだけを考え、とことん詰め込んで作ったハンバーグなんですから」
自信満々の笑顔が可愛い。
どれも食べてみて思ったのは、ユリアはもちろんのことどこにも手抜き要素が見当たらない点だ。
普通自分用なら、味も自分好みで手間も適当に省く。
けれどこれらは、どう舌に乗せても文句が言えないくらいに美味い。
「いやホント……お前らには足向けて寝れないな」
とりあえずわかったのは、こんな俺のために皆がわざわざ手作り弁当を持ってきてくれたこと。
本当に……ありがたい話だ。
感動に浸っていた俺へ、ふとアリサがパッと表情を輝かせた。
「じゃあアルスくん、食べ終わったら早速––––“変身”しようか」
彼女のズボンのポケットから少しだけ見えた”メイク道具“を見て、俺は顔じゃなく全身から血の気が引くのを感じた。
忘れていた……俺は午後から、完全な別人にならなくてはならないのだ。
あの夏のコミックフェスタに封印した、もう1人の自分へ––––




