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第201話・大魔導フェスティバル開幕

 

「準備だなんだと、てんやわんや色々調整してたらすぐだったな」


 生徒会室の机で、ペンを回しながら俺は呟いていた。

 時刻は朝5時、肌を触る空気がうっすら寒い朝の時間。

 普段ならこんな早くに登校しないが、今日限りは別である。


 ––––コンコン––––


 丁寧なノックの後に、ドアがゆっくり開いた。


「あら、おはようございます会長」


 副会長のユリアだ。


 いつもの制服姿ではなく、上から紺色の上着に同色のクォーターパンツ、ハイソックスに運動靴という動きやすい格好。

 学園の女子指定体操服だった。


 普段が清楚なご令嬢のイメージなので、スポーツ系の服装にうっかり視線が釘付けになりそうになる。


「おはようユリア、ちゃんと眠ってきたか?」


「もちろんです、なんと言っても今日は大魔導フェスティバルの日ですからね。しかし会長がいるとは思いませんでした……。まさか一晩中ずっと準備を?」


「まぁ……半分当たりだ、一応午前4時に1回シャワーと着替え取りに帰宅して、そこからすぐ––––」


 俺は言葉を最後まで喋らせてもらえなかった。

 早足で肉薄してきたユリアが、グイッと机越しに小さな上半身を乗り出してくる。


「会長……そうやって1人徹夜で無茶するの、とても悪い癖ですよ」


 ちょっ、顔近い……。

 っつか––––至近距離で見ると、とことん可愛いなこの野郎。

 しかしここで動揺を見せるわけにはいかない……!


「そ、そうは言っても生徒会長は多忙な身なんだ。こう見えて徹夜は慣れてるし問題ない」


「ファンタジアで『睡眠不足は未来への借金』とかおっしゃってた方が、確かいたような気がしますけど」


「ぐっ……!」


「会長がブラックギルド出身で、ついつい無茶してしまう癖が抜けないのは……わたしも理解します。けれど」


 机を回り込んできたユリアが、椅子に座る俺へ背後から抱きついてきた。


「ッ!!!?」


 唐突な行動に、音になってない叫び声が飛び出した。

 頬に触れる透き通るような金髪に、柑橘系の良い匂いが俺から冷静さを奪う。


「わたしの大事な彼氏が、大魔導フェスティバル当日に寝不足と疲労で倒れたら……他でもないわたしが困ります」


 耳元で優しく呟かれる言葉は、甘味な魔法のよう。

 俺を抱きしめる腕の力が、さらに強くなった。


「開会式まであと3時間あります、毛布を持ってきますのでそこのソファーで横になってください」


「いや、でも……っ!」


「おや、大事な彼女の心配とお願いが……会長は聞けないんですか?」


 くっそこいつ……! 分かって言ってやがるな。

 こんなん言われたら––––


「わ、わかった……休むよ。もう少し睡眠取るから許してくれ」


 断れるわけないだろ。

 やっと離してくれたユリアに連れていかれ、俺はソファーで上履きを脱いで横になった。


「はい、これ毛布に使ってください」


「ありがと––––ん?」


 かぶせられたのは、なんと今さっきまでユリアが着ていた体操服の上着だった。


「大丈夫ですよ、ちゃんと洗濯してますので綺麗です」


「いやいやいやじゃなくって! なんか色々違うし、お前これ脱いだら格好的に寒いだろ」


「? 教室に予備を置いてるので大丈夫ですよ。今から取ってきますから、会長はちゃんと休んでいてくださいね」


「わ、……わかった」


 パタパタと部屋を出て行くユリア。

 入れ替わるようにして、今度は別の人物が入ってきた。


「なんかユリが寒そうな格好で出て行ったけど、どうしたの?」


 生徒会会計のアリサだった。

 彼女もまた、先ほどまでのユリアと同じ格好である。


「開会式まで休んでろって言われた、んで上着を毛布代わりにかぶせられた」


「フーン……、まぁアルスくんって睡眠の哲学とかよく語るくせに、自分はすぐ徹夜するからね〜」


「おいおい待て待て、なぜお前まで上着を脱いでいる」


 俺の指摘を一切無視して、アリサまで自分の上着を俺にかぶせてきた。


「ほら、この方があったかいじゃん。アルスくんにはしっかり休んでもらわないと、フェスティバルが滞るからね〜。わたしも教室に予備取り行ってこよ〜」


 逃げるように部屋を出て行くアリサ。

 えっ、何この状況……なんで俺こんな(いたわ)られてんの?

 疑問符を浮かべながらも、やはり疲れが溜まっていたのだろう。


 どこからともなく眠気が襲ってきて、俺は気づく間もなく眠りに落ちていた。

 その後目覚めたのは開会式の30分前、目が覚めて変わったことと言えば––––


「…………」


 俺にかぶさる体操服の上着が、もう1枚増えて3着になっていたこと。

 フェスティバルの最終調整を、彼女たちがやってくれたらしいこと。


「ここまでされたら、頑張らんわけにはいかんな––––」


 俺は完全に回復した体を起こすと、毛布代わりとなっていた上着をキッチリ綺麗に畳んでおく。


「よし、行くか」


 盛況な外の空気に向かって、一歩を踏み出した。

 大魔導フェスティバル、開幕––––


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