第195話・譲れない想い(腐)
時刻は放課後……1日の授業が全て終わり、学園内には部活動を励む生徒と、生徒会メンバーだけが残っていた。
「ッ……!!」
王立魔法学園生徒会室は、これまでにないほどの……かつてない緊張を孕む空気に包まれていた。
その様子を現すなら一触即発、緊張感の張り詰めた薄氷渡りが如き様相……。
「お前ら……ここまで言ってまだわからないか、俺の率いる生徒会にいる以上––––もう少し聡いものだと思っていたがな」
俺の言葉にミライ、そしてアリサが順にビクリと震える。
魔力と共に相当な威圧感を込めた言葉だ。
しかし彼女たちは一歩も引く様子を見せず、竜王級たる俺に立ち向かってきた。
「わたしたちは……絶対に屈しないっ、そうよねアリサちゃん!」
「そうだよ……っ、そうだよミライさん! 残念だけどアルスくんに拒否権は認められない。この場で首を縦に振らない限り今日は絶対帰さないよ!!」
鋭く睨み返してくる、書紀と会計。
その瞳には頑として譲れないという想いがこもっており、部屋の空気はさらに重みを増す。
「はっ! 拒否権とは笑わせるな、例え特別な生徒会たるお前らがどれほどの情熱を掛けていようと––––“あの案”だけは認められんッ!!」
「このわからずやっ!! どうして……! どうしてそう否定ばかりするの……、わたしはアルス––––あんたの可能性を信じてるのよ!?」
「可能性だと!? 自惚れと勘違いを間違っても真実と見紛うな!! いいか!!」
俺は会長席から立ち上がり、提出された『出店希望表』を突き返した。
「生徒会長主導の“コスプレ喫茶”なんぞ、断じて認められん!! これは会長権限によって破棄する! 俺はもう二度とコスプレしないと言ったはずだ!」
大魔導フェスティバル午後の部における、各クラスや部活の出し物。
あらゆる人間が来賓として来る中で、あろうことかミライとアリサはコスプレ喫茶––––それも生徒会長主導の案を出してきた。
「でもアルスくんめっちゃハマってたじゃん! 今度もいけるって!」
「いけてたまるか! 何を好き好んで大衆に恥を晒さんといかんのだ!」
忌々しい夏のコミックフェスタ……、その時の記憶が蘇る。
場の空気で勢いのまま女装させられ、自分でも勘違いしそうな美女に変貌させられた。
コミフェスを襲ったテロリストにすら、お嬢さん呼ばわりされたあの屈辱。
人生最大の黒歴史を––––再び繰り返すわけにはいかない。
「大体、男が女になることのどこに需要があるんだ! 俺はそういう性癖持ってねーっつの!!」
「あるわよ需要!」
「ねーよ! あってもどう調理するつもりだ!?」
「アリサ×アルスの百合カプよ! 王都中の人間がきっと鼻血を噴き出すわ」
噴き出してたまるかっ。
「待ってミライさん!」
ここに来てミライに同調していたアリサが、初めて共同歩調をやめた。
まさか止めてくれ––––
「アリサ×アルスじゃ解釈違いになっちゃう、正しくはアルス×アリサでお願いします」
淡い期待をした自分がバカだった。
っていうかそのくだり、コミフェスの時に1度やってるし!
「クソ腐女子共が……ッ、どうしたって俺をまた女装させるつもりか」
「えぇ、それにアルス––––あなたは1つ大事なことを忘れてるわ」
「ほぅ? なんだ」
「エーベルハルトさんが生徒会長選挙に立候補した理由、覚えてる?」
「ユリアが会長に立候補した理由……? 学園トップを取るためだっただろう?」
「間違いじゃないわ、けどもう1つ––––あの子は“ある人”に胸を張って会いたがっていた」
背筋をゾクゾクとした寒気が襲う。
そうだ……俺は忘れていた、ユリアと初めて会ったのは学園の教室じゃない。
あの夏の会場––––
「”アルスフィーナ“……だったかしら? あの子は会長になって、次のコミフェスで女装したあんたにお礼を言いたかったそうよ」
「まさかッ、ミライてめぇッ!!」
したり顔な彼女の隣で、金が掛かったメイク道具をアリサが取り出し笑った。
「今ユリは……君の大事な彼女なんでしょ? アルスくんも男なら––––恋人が恩人にお礼を言うチャンスを与えてあげるべきだよ」
悪夢再び。
俺は学園最大のイベントで、二度となるまいと誓った女性––––名をアルスフィーナになることが決定した。
おさらい。
【アルスフィーナ】。
夏のコミックフェスタ編で、女装させられたアルスが咄嗟に名乗った存在しない人物。
当のユリアは未だ正体が誰であるかを知らない。




