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第188話・思わぬ方向からの希望

 

 セント・レグナムの子たちに魔法を教え始めて1時間。


「会長……、思ってたよりこの人たちセンス良いです」


「だなぁ、さすがにエリート学園の生徒なだけある」


 見習い魔導士と違って、この子たちはバリバリ現役。

 基礎的なことは最初から普通にできるので、今さら中級魔法の訓練など意味ないとすぐにわかった。


「どうするのじゃアルス……速攻天井が見えてきたぞ? いっそおぬしの得意なエンチャントの訓練でもしてみるかえ?」


「まさか、まだ弾は残ってますよ。むしろこれぐらいじゃなきゃ話にもなりません」


 不安気なフォルティシアさんをなだめる。

 では今この場にいる俺と、ユリアしかできない魔法を教えることにしよう。


「イージスフォード特別講師〜、言われてた攻撃魔法はもう全部できちゃいました〜。マジ余裕でした〜」


 生意気にもドヤ顔を見せてくる女子生徒へ、俺は少し質問をしてみることにした。

 こちらも頬を吊り上げる。


「さすがだな、じゃあ1つ聞こう……君は学園にどうやって通学してるんだ?」


 俺の脈絡なき質問に、女子生徒はドヤ顔を崩して応答した。


「えっ……そりゃ、都内バス普通に使ってますけど。それがどうしたんです?」


「いや、別に深い意味はない。じゃあもし寝坊か何かでバスの時刻を逃したらどうする?」


「どうするも何も……、遅刻覚悟で待つか学園まで走りますよね? 特別講師のお2人だってそうでしょう?」


「いや、俺は別に走らないよ。隣にいるユリアもだ」


「へっ……?」


 女子生徒の前で、俺は紅色の魔力を大きく纏った。

 そして、引っ張られるように宙返りしながら屋根へ飛び移った。


 重力を完全に無視した動きに、女子生徒はあっけからんとした目で見上げていた。


「簡単な話だ、俺とユリアは『飛翔魔法(メテオール)』をマスターしている。だから最悪遅刻3分前でも間に合う」


「ち、チート過ぎるっしょそれ……やばぁ」


飛翔魔法(メテオール)』は、魔法の中でも超高等に位置する。

 ふんわりと浮くことすらそもそも難しいのだが、高速移動しようとなるとさらに難易度は跳ね上がる。


 なぜ魔導士だらけの王都でこんなにも交通インフラが充実しているか?

 理由は非常に簡明、空を飛ぶことのできる人間などまずいないからだ。


「さ、さっきの戦いの時も使ってましたよねっ? もしかして––––」


 目を輝かせる男子生徒に、俺はニッコリ頷いて見せる。


「いきなり習得は無理だろうけど、飛翔魔法の基礎を教えよう。きっと将来遅刻しないで済む」


 歓声と同時に、特訓がスタートした。

 まぁもちろんと言えばそうだが、とりあえず結果として誰1人最後まで”飛翔“はできなかった。


 当然だ、いくら俺とユリアが教えたって天体の重力を舐めてはいけない。

 っていうかそんな簡単にマスターされては、世のバス会社は軒並み潰れていることだろう。


「いや〜お疲れ様じゃの、さすがは王立魔法学園のトップ……まさか飛翔魔法を教えるとは思わんかったわい」


 授業終了後、顧問室で俺とユリアはフォルティシアさんの労いを受けていた。


「ありがとうございます。でも今回やってみて思ったけど……、人にものを教えるってこんなに難しいんだな」


「そうですね……逆にわたしは、今回の件でなぜ会長があんな短期間で習得してきたのか一層謎に感じました」


 ユリアとの公式戦を控えていた時のことか。

 そういえばあの時って……。


「ミライのヤツに教わったんだよ、今思うとめちゃくちゃ厳しい鬼教官だったぜ」


「ブラッドフォードさん、もしかすると教師の才能アリですね。それでアッサリマスターしてしまう会長も十分化け物ですが」


「そうか?」


「そうですよ、普通はセント・レグナムの子たちみたいにちょっと浮くのが精一杯です。本当に凄い人ですね……」


 まぁ昔から器用だとは言われているが、俺はその時その時を全力でやってるだけだから実感は特に湧かない。

 さて……。


「これで魔導照準器の借り……ちょっとでもお返しできましたかね?」


 机の反対でくつろいでいた小柄な大賢者は、優しげに微笑んだ。


「十分じゃよ、あやつらに遥か先の世界を見せられるのはおぬしらぐらいじゃ。ワシにはできんよ」


 机の水を一口飲んだフォルティシアさんは、ふと思い出したように口開く。


「そういえばおぬしら、グラハムたちに襲われたとき何しとったんじゃ? まさか……噂の制服デートかえ?」


「ち、違いますっ! なに変な想像してるんですか師匠! そりゃ会長とはこれからもいっぱいデートできたらな〜とは思ってますけど––––って! そうじゃなくって!!」


「素晴らしい一人ツッコミじゃな」


「あーもう! 来月の大魔導フェスティバルで、どうしても協賛して欲しい企業へ交渉に行ってたんです!」


 顔を真っ赤にしたユリアの声に、それまでケタケタと笑っていたフォルティシアさんが声色を変える。


「それってもしかして……『中央通りブランド』かの?」


 ドンピシャな回答。

 俺は思わず唾を呑み込む。


「よくわかりましたね、大賢者の勘ですか?」


「当たらずとも遠からずじゃ、おぬしらがあの区画で2人揃って用がありそうな企業なんざそれしか浮かばん。さしずめ交渉のアポ取りか?」


「望み薄ですけどね」


 俺の力ない声に、水を飲み干したフォルティシアさんはカバンを持ちながら立つ。


「せっかく休日に付き合ってもらったんじゃ、『中央通りブランド』が協賛を渋るというなら––––ワシが礼に直接付き合ってやってもいいぞ? いくらあそこでも王国一の大賢者には頭が上がらんだろうからな」


 全くもって予想外の方向から、希望の光は差し込んできた。


技解説第2回。

飛翔魔法(メテオール)』。作中での主な使用者:アルス、ユリア、キール特殊部隊。

超高等魔法の1つであり、使用できる人間はまず見られない。


(作中裏話)。

作中ではミライにこの魔法を教えられたアルスだが、実は三半規管の慣れに訓練時間の7割を費やした。

彼いわくもはや途中から飛ぶ訓練ではなく、吐く訓練だと割り切っていたとか。

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