第186話・初めての特別顧問
俺は今まで、人にものを教えたことが実は……ない。
だって『神の矛』時代は永遠の下っ端だったし、学園に入学しても生徒であり教師ではないからだ。
「なんか……今さらながら緊張してきたな、本当に俺で大丈夫か?」
「何を言ってるのです会長、生徒会の留守はアリサっちとミライさんにお任せしてあるので大丈夫ですよ」
「だからだよ、アイツらこないだ派手に公式戦したばっかだろ。変に禍根を残してないか心配なんだよ」
「あの2人に限ってそんなことはあり得ませんよ、それよりしっかりしてください。今日の先生は––––」
中庭へ続く通路を先行したユリアが、振り返りつつ笑顔を見せる。
「貴方とわたしなんですから」
––––セント・レグナム学園 中庭区画。
そこそこ広い空間に集められていたのは、緑のコートを纏う男女合わせて30人の生徒たち。
いずれもどこか緊張した面持ちで構えていた。
「おっ、来たな……よーし全員気をつけ! そしてちゅうもーく!」
全員の前に立っていたフォルティシアさんが、手で俺たちを差した。
そう、今日は俺とユリアが、彼らセント・レグナムの子たちに魔法を教える日。
「コホンッ……2人は、王立魔法学園から来てもらったワシのビジネスパートナーと愛弟子にして。生徒会長と副会長じゃ! 本来会おうと思って会える人間じゃないぞ」
そこまでですか。
まぁ俺はともかく、ユリアなんてまさにそういう類の人間ではある。
だから未だに付き合えてるのが信じられないというか。
「あっ、あの!!」
列の先頭に立っていた少女が、一歩前に出た。
「先日は我が校の生徒会長と、一部の部長たちが大変ご迷惑をお掛けしました!!」
全力で頭を下げ、必死に謝罪してくる。
俺たちが困惑すると同時、彼女は顔を上げた。
「わたしはセント・レグナムの副会長を務めています! グラハムたちの凶行は到底許されることじゃありません、その上特別講師までやっていただくなんて……!」
どうやら、あのクソ会長はともかく、副会長さんはまともなようだ。
「んーっと。君が謝る必要はないよ……もうアイツら退学処分になったんだろ? 正直あんま気にしてないからそう頭下げなくって良いよ」
「本当にすみません!」
うーむ、やりにくいが仕方あるまい。
とりあえず向こうの誠意は伝わったし、良しとしよう。
「あのー、フォルティシア特別顧問!」
列後方にいた男子が、手を上げた。
「ん? なんじゃ?」
「俺ら同年代に教えられるほど弱くないっすよ、並の魔法なんか授業でちゃんと覚えてるんで」
「つまりおぬし……こやつらの能力を疑っておるのか?」
「だって明らかに年差ないじゃないですか、エーベルハルトさんでしたっけ? 思ったより背も小さいし」
隣で立っていたユリアが、笑顔のまま瞳のハイライトを消す。
なぜセント・レグナムの連中はつくづく地雷を踏み抜くのだろう。
俺はユリアの肩を叩きながら、明るく応答する。
「じゃあ、特別講師に相応しい姿を見せれば納得してくれるのかな?」
「あっ、まぁ……はい。そうっすね」
「よし! ユリア」
「はい、なんでしょう会長」
「久しぶりに戦おうぜ、以前やった公式戦のときみたいにさ」
俺の企みに一瞬で気づいたユリアは、悪そうな顔で微笑んだ。
「それは名案ですね、師匠––––構いませんか?」
「あー……うん、わかった。いざとなればワシが治すから好きにやれい」
決まりだ。
さて、セント・レグナムの諸君にはしっかり見せてやろう。
「来い、ユリア」
「えぇ、ではこちらも本気で」
宝具『インフィニティー・オーダー』を具現化するユリア。
俺たちと連中の間には、埋めることなど不可能と言うべき絶望的な差があるということを。




