第183話・初喧嘩開幕
––––セント・レグナム学園 顧問専用個室。
とりあえず場所を変えること1時間。
気絶した学生たちを保健室へ送りつけた俺は、フォルティシアさんに先日の経緯を話していた。
そう、例のキール騒動についてである。
けれど問題なのは……。
「つまり……おぬしの独断で、魔導照準器2200個をアルト・ストラトスに譲渡すると約束した。そういうわけじゃな?」
事務机の反対側に座る大賢者が、ひたすら眉間にシワを寄せていることだ。
「そうですね……、何度も言いますが。勝手なことをした自覚は……ちゃんとあります。ホントすいません」
キールの騒動において、俺は超大国を釣る餌に古代帝国のアーティファクトである魔導照準器。
その量産モデルの無償譲渡を、独断で決定してしまっていた。
あの日ラインメタル大佐に見返りとして要求したのは、生徒会室直下の爆弾処理、公安の足止め、その裏に潜む党書記長の排除。
全て必要なことだったとはいえ、大佐が要求してきたのは特殊作戦軍およそ8個中隊分にのぼる数だった。
つまりその分だけ、フォルティシアさんに入る金も無くなってしまったことになる。
「あの、師匠……会長。さっきから空気が重いです」
隣で成り行きを見守るしかないユリアが、顔をしかめつつ一言。
しばらく続いた沈黙を破ったのは、フォルティシアさんの方だった。
「まぁ……倫理や人道上のことを考えれば、致し方のないことではある。状況的にアリサ会計を助ける手段は、ワシでもそれくらいしか実際思いつかんし……」
王国の大賢者様がそう言うからには、我ながら一応よく考えた方なのだろう。
そこへ、ユリアがグッと前のめりになる。
「師匠、責任は副会長でありながらギリギリまでふてくされていたわたしにも当然あります。もし賠償を要求されるのでしたら、我がエーベルハルト家の資産でも何でも差し出しますっ」
「おいユリア!? さすがにそれは––––」
立ち上がる俺へ、ユリアが制するように続く。
「いいえ会長、学園副会長でありながらキールの陰謀も見抜けず親友を殴り、挙げ句部屋でずっと引き篭もっていたなど末代までの恥っ……! どうかここはわたしに責任を!」
「それにしたって背負いすぎだろ! アレは俺が1人で勝手に計画したことだ。責任は全てこの俺にある!」
「いいえ! 会長は最初からキールや公安の汚職まで見抜いて行動してました。なのにわたしは何も察せず……会長に玄関から言われるまで部屋すら出られずにいましたッ。なんたる怠惰っ! 負担をすべて押し付けた愚鈍はわたしです! どうか罰も含めて責任を!」
「いいやダメだ! そんなこと認められん!!」
思わぬ形で開幕したユリアとの初喧嘩を、フォルティシアさんが慌てて止めに入る。
「ちょっと待て待ておぬしら! なぜワシが賠償請求する前提で喧嘩しおる」
「「えっ?」」
「良いからとりあえず座ってくれ! 最強の竜王級と魔人級トップが喧嘩などしたら、こんな学園一瞬で廃墟と化すわい!」
なるほど確かに……。
席に座ってクールダウンした俺たちを見て、フォルティシアさんは穏やかに表情を崩す。
「家族を助けるのに手段なんか選ばん男を、ワシはこう見えて結構好きなんじゃ。むしろ、かつて苦楽を共にした男を思い出して気分が良い」
「えっ、じゃあ……」
「賠償なんざ問わんよ、請求するなら極悪極まるキールの奴らに書類を送るから安心せい。それに––––」
ニッコリと幼い笑みをほころばせた大賢者は、脱いでいたトンガリ帽子をかぶる。
「おぬしらには、ファンタジアを救ってくれた恩があるからな。それだけでも十分吊り合いは取れる」
立ち上がりつつ、彼女は俺たちを一瞥した。
「っとはいえ、ここで「はい! ありがとうございます」と言うほど……おぬしら単純じゃないじゃろ」
「まぁ……そうですね、タダより怖いものはないと言いますし。無償の許しはどこか引っ掛かる気がして……」
ここでも貧乏癖ゆえの言葉が出てしまう。
「そう言うと思ったわい、なら責任くらいは軽く取ってもらおうかの。ワシが王都に来た理由は話したな?」
「セント・レグナムの特別顧問……ですよね?」
「あぁ、そこでじゃ2人共」
見下ろしてくる大賢者は、お断りなど許さぬとばかりに信じられない言葉を言い放った。
「おぬしらも特別講師として、1日セント・レグナム学園の生徒たちへ魔法を教えてやってくれ。王立魔法学園のトップならそこらの教官より遥かに良いからの」
同時に、王都全体を震わすような揺れが建物を軋めかせた。




