第175話・ルールブレイカーの策謀
「そうか……もうここまで完成したか、我らの満願成就はすぐそこまで迫っていると見える」
とある場所の、ある地下のとても深く……無数の繭が広がる神殿のような空間を男は見下ろしていた。
眼前の虫の巣にも等しいプラントは、闇ギルド・ルールブレイカーの中枢。
「俄然、順調好調! スカッド様のフェイカー事業により得られた資金が、この光景を見る機会をより早めたのです」
スカッドと呼ばれた緑色の髪に、金色の瞳を持った長身の男は、背中に生える白色の翼を折り畳んだ。
“大天使”に相応しい風格を持ちながら、彼は白衣の研究主任––––ドクトリオン博士を睨む。
「ノイマンに聞いたぞ、ファンタジアで竜の力を奪えていればさらに早く完成できたと……」
「それは取らぬ狸の皮算用ですよスカッド様、確かに竜の力を奪えていれば……儀式に必要な第5世代ホムンクルスもとっくに完成していたでしょう。しかーし!!」
魔導タブレットを操作しながら、ドクトリオンは大天使の威圧に全く怯まず笑みを浮かべる。
「我らが使命は亡き神に成り代わること、約束の日に間に合えば契約遂行に支障はございません。現にこうして––––」
ドクトリオンがタブレットを素早くタップすると、彼の隣に1人の少女が転移してきた。
外見こそ猫耳を持つ普通のキャット・ピープルだが、その瞳は金色に光っている。
「少し遅れましたが……、第5世代のプロトタイプもこうして完成しました」
「ファンタジアで生徒会書記にぶつけたのが、この前にあたる第4世代だったな?」
「その通りです、ですがあの時は残念ながら古の遺産たる竜の力––––『血界魔装』に一歩及ばず敗北しました。しかしそれは必然でもあったのですよ」
黙ったまま立ち尽くすホムンクルスの首輪を、ドクトリオンはなぞる。
「この第5世代こそが––––神の力を宿した究極の人造人間となりましょう、前と違って十分に儀式の贄を務められます。ねぇ? ノイマン?」
彼が話しかけたのは魔導タブレット、そこから女性の音声が流れる。
『計算上において理論的、数学的、言語学的ミスはありません。ですが……それでも不安因子は消えておりません』
「竜王級……アルス・イージスフォードと、彼率いる生徒会ですね?」
『彼の非合理的な行動によって、我々と密接な関係を持っていたキールの社会主義革命党は、文字通り壊滅的被害を受けました……これは由々しき事態です』
「彼は“竜王”なのですよ? 仲間の竜を助けるための行動、そこには合理性しか存在しないでしょう。まぁ……あそこまで絡め手を使うとは思っていませんでしたがねぇ」
ルールブレイカーにとって予想外だったのは、アルスが力に任せてゴリ押ししなかった点だ。
爆弾の処理はあくまで正規軍のEODに任せ、ミリシア王政府とアルト・ストラトスを利用しての戦闘終結。
もちろん力を用いるシーンもあったが、やはり際立ったのは持ち手のカードを異様なまでに上手く使うやり方だ。
もはや、その手腕は戦略家の域であるとすら言える。
『アルス・イージスフォードというたった1人の人間の行動によって、超大国アルト・ストラトスまで巻き込まれました。もう……我々に時間はあまり無いと考えるべきです』
「そうですねぇ、既にいくつかのルールブレイカー支部が”異常“を報せてきています。対策を打つべきでしょう」
そこまで黙っていたスカッドは、鋭い眼光でドクトリオンの持つタブレットを睨んだ。
「現時点で他の大天使––––“アグニ”や”エリコ“、“ミニットマン”に動きはないな?」
『天界勢力が動いたという情報はまだありません、あと、今呼ばれた名前に彼がいませんでしたよ?』
「ヤツは大天使の中でも変わり者だ……趣向のイカれた喫茶店の店長をやっている内は、それこそ竜の力の持ち主が身近にでも来ない限り絶対動かん」
『では、当面の計画は?』
「変更なしで進める、ドクトリオン」
「はい、スカッド様」
「今度––––ミリシアで大魔導フェスティバルというものがあったな?」
「10月28と29日、王立魔法学園主催で執り行われますねぇ」
「そこで竜王級……ダメなら他の生徒会メンバーから、今度こそ力を奪う。レイ・イージスフォードと、剣聖グリードにペアを組ませろ。手段は問わない」
「承知いたしました」




