第174話・アリサの評価
「東風? 珍しい名前ですね……日本人絡みの方ということでしょうか」
突然店長として名乗ってきた男に、ユリアは若干の警戒心をあらわにしつつ答えた。
俺も奇抜なファッションに思わず身を引くが、東風と名乗った男の言葉は丁寧だった。
「確かに当店舗の総オーナーはミクラ カケルという日本人ですが、因果関係はありません。そもそも私は日本人じゃありませんし」
「さっき魅力とか言ってたけど、俺らただの客ですよ。優劣なんてありません……ここじゃそれ以上でもそれ以下でもない」
「おっと、これはとんだ失礼を。お二人は彼女––––アリサさんの様子を見に来られたのですか?」
東風は、金色の瞳をキッチンに向けた。
シロップで甘くなったオレンジジュースをすすりながら、ユリアも碧眼を動かす。
「えぇ、ちょっとデートのついでに」
「それは素敵なことだ! もし本当に王立魔法学園のツートップが恋仲だとすれば、世間はもっと賑わうでしょう」
どう聞いても俗なゴシップネタだが、この店長はそういう類の話が好みらしい。
友達にしたいタイプではないが……、アリサの評価くらい見ておくか。
「俺たちのことはいいですよ、それよりもアリサの勤務態度はどうですか? ちゃんと働けてるかお教えいただけると幸いです」
「ご覧のとおりですよ、非常に物覚えが良くて恥じらいもない。アレなら一か月経たず研修バッチも外せるでしょうね」
一応高評価らしい。
まぁ確かに、バイト数日であのレベルなら速攻でシフトの主力となり得るだろう。
しかし、一応彼女を取り仕切る生徒会長として気になる部分も聞いておく。
「あの髪と瞳、驚かれませんでしたか?」
「あぁ……正直銀髪っ娘だけで十分採用だったんですが、まさか感情の抑揚でああも髪や瞳の色が変わるとは思いませんでした。まさしく僥倖ですよ」
「ぎょ、僥倖……?」
俺の若干戸惑いを含んだ返事に、東風はテンションを高くしつつ応じた。
「もちろんじゃないですか! メイドの個性なぞ上辺が精一杯のこのご時世に『変身』できるんですよ!? これ以上の個性はないと言えますッ! 彼女のファンはきっと多く付くでしょうねぇ」
俺としては勤務中に髪や目色がコロコロ変わるなど、マイナスイメージしかないと思っていただけにこの回答は意外である。
ユリアも同様だったらしく、コップから手を離した。
「よ、世の中には色んな職業があるんですね……。わたしもバイトする時は慎重に選びましょう……」
お前は実家の仕送りが潤沢だろうとツッコミたくなったが、さすがに憚られるので沈黙。
でも今の東風さんの話が事実なら、ある意味で別の問題が出てきてしまう。
アレは覚醒した新しい力を彼女自身全く制御できてない状態であり、断じて日常とは相容れないものだ。
常に変身していれば当然魔力を食うし、身体への負担も大きい。
そこも含めて、これから力の制御を特訓することになっているのだが……。
「大丈夫ですよ、色の変化が落ち着いたところで彼女をクビになんてしません。常に魔力を放出した状態での仕事は、しんどいでしょうしね」
俺の思考を先読みした東風が、安心させるかのような口調で言う。
「それに……、“竜の力”は人間がそう易々と扱えるものでもありません。神亡き世界ではなおさらでしょうね」
ただ“一言”そう述べた東風は、背を向けてスタッフルームに帰ってしまった。
俺は思わず目頭を押さえる。
「会長……」
ユリアも俺の考えと、全く同じようだ。
「どうやら……ラインメタル大佐に一言、聞かなきゃいけない質問ができちまったな……」
もしこの憶測が事実なら、ミリシアという国は既に相当ヤバいぞこれ。
その後運ばれてきたオムライスの味を、俺はあまり感じられなかった。




