第173話・人生初のメイド喫茶
––––メイド喫茶 ドキドキ♡ドリームワールド店内。
「うああああああぁぁあああああああああああ!!!!! 今すぐわたしを殺してえええええええぇぇえええええええっっっっっっ!!!!!!!!!!!」
席に案内し終わった途端、羞恥心が爆発したらしいアリサがドカンと突っ伏す。
感情が抑制できず変身が暴走しているのか、瞳も髪も眩しいくらいの紫色を放っていた。
「アリサっち、せっかく処刑を免れたのにもう自殺願望ですか? 変わり身早すぎです」
当のユリアは、ほとんど表情を変えずにカバンから魔導タブレットを取り出し、さっきからずっと内蔵カメラを連写している。
親友の色々な意味で萌える姿に、興奮しているようだ。
「ねぇアリサっち、初給料のときで良いからこの写真いくらで買います?」
訂正、非常にゲスい考えだった。
「わたしの初給料だよ!? 腹パンは別に良いけど脅しはやめて!!」
「その動揺顔も萌えポイント7億。もちろん冗談ですよ、全部自分用で他人には見せませんので」
相変わらず女子留学生同士、とても仲が良いご様子。
まぁなぜ腹パンが良くて脅しがダメなのかは全く謎だが。
非常に目立つ光景であるも、店内の騒がしさが想像の遥か上なので目は引かない。
なるほど……たしかに普通の喫茶店とは全然違う。
「うぅ……お堅い家の出身が多いウチの学園なら、絶対ここでのバイトばれないと思ってたのに。よりにもよってアルスくんとユリかよぉ……ッ!!」
「いや……俺も衝撃だよ、お前中身は超内気で、しかも人間自体苦手だって言ってたろ」
「そうだよ! でも制服着たらなぜかいけるの! 本当なら人間の目線すら一切受けつけたくないけど心のスイッチが切り替えれる!! だからここを選んだの!!」
机をバンバンと拳で叩き、悲壮に暮れるアリサ。
だがこうして見ると、案外メイド姿も似合ってるじゃないか。
それに、思い返せばこいつはコミフェス常連の有名コスプレイヤー。
日常離れした服装だからこそ、こういうタイプの接客業ができるのだろう。
うん、非常に良い。
俺が無言で頷いていると、ユリアもタブレットをしまった。
「さて、親友の可愛い写真もたくさん撮れましたし……そろそろ注文しましょうか」
「たしかに腹減ったな、炭水化物食いたい」
「ではこちらの欄などいかがでしょう? 結構可愛いのありますよ」
メニュー表を普通に開く俺たちへ、アリサは絶望に満ちた顔を上げた。
「じ、慈悲は……? ここ以外でも食事はできるよ……?」
そんな彼女へ、ニコニコ顔のユリアが諭すように告げた。
「アリサっち、今のわたしと会長はお客様なんですよ。言うならばドキドキドリーム♡ワールドに入国したご主人様です」
大貴族令嬢の口からはおよそ一生聞けないであろう言葉が飛び出し、思わず吹き出しそうになる。
彼女の指はゆっくりと、あるメニューへ向かっていった。
「つまり、貴女は労働契約上わたしたちをお客様として扱う義務があります。違いますか?」
「ち、ちが……違わないけど……でもっ」
未だ目の焦点が合わないアリサへ、ユリアはトドメを刺しに掛かる。
「ドキドキ♡愛情オムライスコースA。2つお願いします」
完全に退路を断たれたアリサは、思いっきり深呼吸……その場で勢いよく立ち上がり伝票を取り出した。
紫色だった髪が、洗われるように銀髪へと戻る。
青い瞳には、諦めを抑え込むようにして覚悟が宿っていた。
次の瞬間、アリサは満面の笑みと共に高い声を繰り出す。
「ご主人様! AセットにはSサイズのドリンクと、猫耳またはウサ耳カチューシャが付属いたしますっ。お選びいただけますと〜なんと! メイドちゃん応援チケットがついてきますニャー!」
俺の中の共感性羞恥が一気に爆発しそうになる。
こいつ……本当にあのアリサか!? 完全にプロじゃねえかっ。
「ならドリンクはオレンジを、わたしは猫耳カチューシャですかね? 会長?」
「お、俺に聞くなよ……、ドリンクはアップル。えっと……う、ウサ耳のカチューシャで」
逆にこっちが恥ずかしさで死にそうになる。
「かしこまりましたニャー! ではお願いがありまして、今からメイドちゃんが一生懸命ドリンクをお作りしますので、ご主人様には一緒に魔法を掛けて頂きたいのです!」
「魔法……? 俺がやったら店ごと更地にしかねんぞ……!」
「異次元威力の攻撃魔法ではなく、一緒に愛情を込めてという意味ですっ。ではでは〜」
いつの間にか同僚が持ってきたドリンクへ、アリサが何やらハート形の容器を上に掲げる。
中にはシロップが入っており、ゆっくりと注がれていった。
「美味しくなる魔法を一緒に込めてください! せーの、ラブラブドリームマジーック!」
「「ら、ラブラブドリームまじーっく!」」
ユリアと一緒に手でハートを作り、魔法(愛情?)を注ぎ込む。
ハイテンションで拍手したアリサが、空になった容器を後ろへ渡した。
「ありがとうございますぅ〜! オムライスの方も、さいっこうに美味しくかわいーくお作りいたしますので、もうしばらくお待ちください〜!」
そう言ってキッチンに引っ込んでいくアリサ。
俺はもう口が開きっぱなしだった。
「………………あれがプロか」
「ですね、けど上手くやってそうで良かったです」
「おいユリア」
「はい、なんでしょう会長」
「お前––––ここにアリサが勤めてるの知ってて入ったろ、ちゃんと馴染めてるか心配になって」
「さぁ……どうでしょうね、あっ、猫耳カチューシャ貰ったんでした。似合ってますか?」
「写真撮らせて」
「はい、会長にならいくらでも」
俺が猫耳姿のユリアを無言で撮っていると、声が掛けられた。
「どうですかお客様? 彼女の働きぶりは……まだ研修中なのに素晴らしくありませんか? 王立魔法学園の副会長、それに生徒会長さん?」
見上げれば、そこにはピンク色の髪を軽くパーマにした若い男が立っていた。
金色の瞳は、接客スマイルによって明るく輝いている。
「失礼、私はこの店の店長を仰せ使う名を”東風“と申します。お客様の溢れ出る魅力に惹かれ……少しばかりお話したく伺いました」




