第172話・疑念の解消と衝撃の邂逅
「アリサの今の国からの扱いについてか? なんで日常生活できてるのか不思議だと」
「そうですね、有り体に言えばそこが気になります。会長はご存じなんですよね?」
たしかにあんなことの後だし、まして当事者であるユリアが知らないというのも変な話だろう。
俺は周囲の客の声より少し小さい音量で、コーヒーを混ぜながら呟く。
「結論から言っちまうと、アイツ……罪らしい罪を1つもしてなかったんだわ」
「えっ!?」
カップを落としかけたユリアは、すんでのところで姿勢を戻す。
「どういうこと……ですか?」
「言った通りだよ、アイツはただ普通の留学生がするような生活しかしてなかった。唯一やったことと言えば、ベアトリクスに俺たちの旅行日程を教えさせられたくらい」
「国家機密の漏洩とか、防諜法に触れるようなことはしてなかったんです……?」
「してない。アイツなりに精一杯の抵抗だったんだろうな、だからスパイ行為自体はセヴァストポリがずっとやってたらしい」
「なるほど……それでアリサっちがもう使えないと悟ったキールは、彼女に濡れ衣を着せてセヴァストポリだけ逃そうと……」
「あぁ、だがそんなことすればアリサは絶対反抗する。だから生徒会室にあらかじめ仕掛けていた爆弾で脅し、友人の命を守りたいなら罪をかぶれと脅した……本当反吐が出る話だよな」
カップを机に置きながら、ユリアは未だ困惑を残した表情でこちらを見た。
「じゃあアリサっちは……」
「無実も無実、連行された日に竜王級の監視だとか叫んでたけど、それまで本国に連絡すらしてなかったあたり……その場で爆弾を起動させないための嘘だったんだろうな」
「ッ……別に疑うわけじゃないんですけど、なぜ本国にアリサっちが報告してないとわかるんです?」
「キールの連中は、俺の能力をほとんど分析できてなかった。もしアリサがこれまでの戦闘データを勤勉に纏めてしっかり送ってたら、たぶんもっとめんどくさかっただろうな」
「たしかに……言われてみればそうですね」
コーヒーを飲み干した俺は、一息つく。
「後はもう1つ……マスターが上手く交渉してくれたのか、“あそこ”の人たちがその程度なら罪に問わないと決めたらしい」
俺が指差した方向を見て、ユリアは一瞬信じられないと言いたげな顔をして、すぐに首を振った。
「なるほど……、どうりで学園周辺に黒い車がいないわけです」
俺は指先を、巨大な“王城”からレシートに移した。
目線で注文した品の金額を数えていく。
「もしアイツがスパイ行為を少しでもしてたら、多分許されなかっただろうけどな。でもアリサはどう見たって俺たちを守ろうとしていた……情状酌量の余地くらいあっていいだろうさ」
「ミリシアのしたたかな王族のことです、タダで許すとは思えませんけど……」
「そこも含めて俺の計画だ。いずれアリサには損失分以上に働いてもらうだろう……たぶん王女様も同じ考えかもよ」
立ち上がった俺は、領収書を手にカバンを取った。
「さて、次はどの店に行く? お前の好きなところでいいぞユリア」
話をデートに戻した俺は、同じく立ち上がったユリアを見下ろす。
俺より数段高そうなカバンから財布を出そうとしたので、ニッと笑いながら俺は手で制した。
「朝言っただろ、今日の費用は俺が全部出す。領収書は渡さねーよ」
「良いん……ですか?」
「会長として……彼氏として当然だ、バイト人舐めんな」
「フフッ、ではお言葉に甘えて。ご馳走様です––––会長」
店を出た俺へ、後ろから追いついてきたユリアが袖を掴んだ。
「最後にもう一軒……行ってみたい場所があるんですけど、大丈夫でしょうか?」
「良いけど……どんなところだ? もう他の店は雰囲気かぶってるだろ」
「いえ、1つ––––なんとしてもリサーチしておきたい店があるんです」
ユリアが言うには、コミフェス同様日本人が最初に始めたらしい全く新しいスタイルの喫茶店。
カジュアルだったり厳格だったりする、一般の店とは文字通り一線を画していた。
「ここです!」
やたらピンク色の多い、ハートの装飾がなされたそこは……俺の知る通常の喫茶店とはかけ離れていた。
「メイド喫茶……『ドキドキドリーム♡ワールド』……っ?」
「はいっ、1回来てみたかったんですけど……ボッチじゃ一生入れないと思って」
うん、俺だって無理だよ?
ちょっとワクワクしている顔で、先陣を切るユリア。
いやちょっと待て……本気で入るつもりか? ここってなんかニッチで、ガチ中のガチが入る場所じゃね!?
「ちょ、心の準備が……!!」
引っ張られる形でドアをくぐった俺は、眼前で迎えてくれた少女の格好にまず驚いた。
当たり前といえば当たり前だが、あのメイド服である。
のだが……。
「いらっしゃいませー!! ドキドキドリーム♡ワールドへようこそ、ご主人様! ニャンニャン! ここではわたしたちドリーム♡ワールドのメイドちゃんたちが精一杯ご主人様をおもてなしして、誠心誠意愛を込めてお世話させて…………」
目の前でメイド服を着用し、ニャンニャンと笑顔を見せながら接客してくれた少女を––––あろうことか俺たちは知っていた
「お世話……させて……」
ツーサイドアップに括られた銀髪が、赤面すると同時にものすごい勢いで紫色に染まった。
ユリアに至っては、もはや放心状態である。
「な、なんで……2人がここにっ……」
涙目で震える少女––––生徒会会計、アリサ・イリインスキー(メイド)は、抱えていたトレイを落とした。




