第171話・陽キャのお店
ユリアの希望通り、俺たちは午前の内に個人経営の喫茶店から先に訪れた。
彼女の見立ては正しかったようで、確かに注文したコーヒーは香りからして違いを感じたほどだ。
サンドイッチやホットケーキなどのメニューも、オーソドックスで食べやすく何よりコーヒーとマッチしている。
落ち着いた雰囲気で、なるほどレビューも高いわけだと2人で納得しながら店を出た。
が、問題はその後である……。
「これはまた……」
お昼前だというのに、候補となっていた大手チェーンの喫茶店は、大賑わいの大盛況。
しかも––––
「ご注文は?」
「ショコラストロベリークリーミーナッツフォンデュアイスコーヒーで」
「ショコラストロベリークリーミーナッツフォンデュアイスコーヒーですね? 脇へずれて少々お待ちください」
陽キャっぽい人々から、高位呪文も真っ青な商品名が次々に飛び出てくるではないか。
なに? なんでショコラでストロベリーでナッツなの? とりあえず混ぜれば良いってもんなのか?
立ちすくむ俺は、隣に立つユリアを見るが……。
「しょ、ショコ……ショコ、クリミーナッツ……?」
困惑をこれ以上ないくらい顔に浮かべ、汗もダクダクで噛みまくるユリア。
そうだった……! こいつ、クール系キャラは上部だけで中身は俺と同じガチガチの陰キャだった……っ。
「なんですかあの呪文……! あれ、もしかして注文時に言わないといけないヤツですか?」
「だ、だろうな……しかもそのクソ長い名前のやつが季節商品っぽいぞ」
「む、無理無理無理無理です!!! 初見の店ってだけで会長と一緒でも緊張度ヤバいのに、こんな陽キャの皆さんの巣窟で、噛まずにあんな呪文を……!? 会長!!」
「な、なんだ!?」
「別のお店……そうだ! サイザリヤン行きませんか!? あのレストランはボッチでも入りやすくて商品も無難ですよ!?」
「喫茶店ですらねえ!「季節商品が狙いです」、とかドヤ顔してたのはお前だろ!」
「理論は……理論は完璧だったんです! でもあの混み方からして、もし途中で噛もうものなら絶対後ろのお客さんから白い目で見られるじゃないですか!?」
「目立ちはするだろうな……」
「サイザ! サイザ行きましょう! もうフェスティバルのリサーチとかどうでもいいです!!」
大貴族令嬢にして、陰キャ副会長な俺の彼女はもはや半泣きで訴えてくる。
……仕方あるまい。
「会長?」
俺は心を無にし、列へ無言で並んだ。
もはや外国語にすら聞こえる呪文が近づき、やがて時は来た。
脳裏にある情景を思い浮かべる。
「いらっしゃいませー、ご注文はなににいたしましょうか?」
「––––––––カラメルフラペチーノビッグストロベリーショコラホットコーヒー……2つお願いします」
「かしこまりましたー」
淀みなく、完璧に言い切る。
脇にずれた俺へ、ユリアが駆け寄ってきた。
俺は吐き切っていた息を全力で吸う。
「2、3度やばかったが……いけたぞユリア!」
「す、凄いです会長……! 一体どんな裏技を!?」
「裏技? ……そんなのないよ、ぶっつけ本番––––噛むの覚悟で言ってやっただけだ」
「えっ?」
「いいかユリア、人間初めては誰だって怖い。でも過去の応用はいくらでも効く」
「何を……応用したというんですか?」
「メニューに名前は載ってるからな、学園の授業で教科書読み上げさせられるだろ。それに見立ててやったらなんかいけた」
俺は店員からカップを2つ受け取り、片方をユリアに渡しながら肩の力を抜いた。
「大事なのは挑戦だ、難解な100の理論よりも1の単純な行動が全てを変えうる。底辺冒険者やってた時代の教訓だ」
ハッと見上げてきたユリアの顔が、嬉しそうに赤らむ。
「ッ……! やっぱり会長は凄いです。また……負けちゃいましたね」
「まぁ記憶の隅にでも置いといてくれ、せっかくだし頂こう」
席へ座った俺たちは、早速その季節商品を味わった。
味は普通に美味い、でも美味いが形容のしようもないなこれ……ミックスジュースでも飲んでる感覚だ。
何より、外見がパフェも真っ青なくらい派手である。
「会長……こういうの、いわゆる映えってやつなんでしょうか……?」
「さ、さぁ……俺ユグドラシルの写真投稿サイト使ってないしよくわからん……」
「でも、ブラッドフォード書記が言うには食べる前に撮って即投稿らしいですよ。それが陽キャ界の常識だとか」
「違う世界の風習だな、それよりフェスティバルの参考にはなりそうか?」
俺の問いに、カップから口を離したユリアは唸る。
「こんな豪華な商品出そうと思ったら、会計担当のアリサっちを腹パンして脅迫でもしないとダメですね」
「やっとキールの束縛から解放されたってのに、次は予算関連か……アイツも大変だな」
コーヒーを啜る俺へ「そういえば」とユリアは切り返した。
「アリサっち、思えば新学期早々普通に登校してましたけど……一応スパイだなんだと騒がれてませんでしたか? あの公安が簡単に見逃すとも思えないのですが」
生クリームに乗っていたストロベリージャムが、コーヒーにポトリと溶け込んだ。




