第169話・ユリアとの初デート
俺の体調不良は一時的なものだったようで、翌日には全快して学園に登校した。
新たなる授業や、溜まりっぱなしだった生徒会の仕事をこなす内にその日はやってきた。
「……早く着き過ぎちまったか?」
賑やかな中央通りに面した天使像広場で、俺は休日ながらも制服姿で立っていた。
時刻は8時半……ユリアと約束していた、デートの待ち合わせである。
そう、デート……デートだ!
【デート】。
広義においては男女が共に遊ぶことを示すが、大概の場合はカップルを指して使われる。
「考えてみれば、アイツと2人っきりって今まで殆どなかったよなぁ……どうやって接すればいいんだ?」
どんな服で、どんな装いで来るんだ……?
想像するだけで心臓の鼓動が早くなり、無意識にソワソワと体が動いてしまう。
いや落ち着け……今までデートと名のつくものなら、ミライとファンタジアでもやっているじゃないか。
でもアイツは幼馴染で、恋人的な雰囲気なんてあまりなかった。
だが明らかに今回は違う。
相手はかの大貴族令嬢であり、超天才と言われる……本来なら俺なんて出会うことも、なんなら見ることさえできない人間。
現在保留中のミライと違い、真っ向勝負の真正面から堂々告白してきた女の子。
考えてみれば、カレンの言ってた通り俺と吊り合う要素なんて––––
「おはようございます、会長!」
「ッ!!?」
元気よく掛けられた声に振り向いた俺は、思わず息を呑んだ。
「すみません、お待たせしましたか?」
「いや……、今着いたところだ」
もはや、こういった展開でテンプレと言っていいセリフしか出てこない。
眼前のユリアは、ウィルヘルム帝国語が書かれた白い半袖パーカーにデニムのショートパンツというラフな格好。
普段はハイソックスで隠れた白く細い足も、オシャレ用の短い靴下で全面的に強調されている。
大貴族令嬢にも関わらず、彼女は豪奢な服よりこういう格好を好むのは既に知っている。
知っているというのに、強烈なギャップ萌えが俺から冷静な思考を奪おうとしていた。
「? どうしましたか?」
「いや、なんでもない……じゃあ行くか!」
「はい!」
すっごく嬉しそうに、俺の横へついて歩くユリア。
なんか未だに、こんな凄い子が恋人だなんて……正直実感湧かねえなぁ。
「最初に行く店は決まってますか?」
「この場所で近いのだったら……大手チェーン店と、個人経営だけどユグドラシルネットでレビューが高い喫茶店の2つがあるな」
事前に魔導タブレットで下調べした内容を話すと、ユリアは「ふぅむ」と唸った。
「先に個人経営のお店に行きせんか? まずはあえて普通のコーヒーからゆっくり楽しみたいです」
「別に大手でもコーヒーくらいは飲めるんじゃないか? むしろそっちの方が値段的にもお得……」
そこまで言いかけて、俺はユリアの言わんとすることを察して口を止めた。
「なるほど、味の全店舗均一化を企業理念とする大手じゃなく、個人経営ならコーヒー1杯とっても味が違うと」
「さすが会長……その通りです。本気で吟味されたコーヒーを飲むなら、こだわりの強い店主がいる所がぶっちゃけ最強です」
「じゃあ2番目の大手チェーン店では、何を飲むつもりだ?」
「大手店舗なら、季節キャンペーン品を狙った方が良いでしょうね。時流とニーズを部門レベルで分析し、優秀な人材とお金で作り上げた商品は––––本来持つ値段以上のレベルと考えます」
「昼の時間に行けば、ついでに混雑時の接客、作業要領なども見比べられるって算段か……プランに一片も無駄がないのはさすがだな」
「はい、大魔導フェスティバルにおいては喫茶店を各クラスで出すことも十分考えられますので。かなり参考になるかと」
やはり王立魔法学園の元トップだけあって、思考は合理主義のそれ。
理路整然としていて、全く隙がない。
「……」
そんな彼女でも、言いづらいことはあるみたいだった。
チラリ……と俺へ顔を向けたユリアは、陽光に輝く金髪を振りながら何かを求めているように見える。
少しばかり逡巡した俺は、あえて周囲を見渡すそぶりをした。
「……今日は日曜で人も多い、はぐれんなよ」
「ッ!」
彼女の小さく柔らかい手を、俺はギュッと握った。
残暑のせい……ではないだろうが、俺とユリアは互いに顔を赤面させる。
重い宝具を軽々振り回し、特殊部隊すら圧倒する少女の手はこんなにも暖かくて小さい。
「不思議だよな。俺ら……最初は同学年とはいえ、ガチでやり合う敵同士だったんだぜ」
「本当に……あの時のわたしがこの光景を見たら、きっと面白い表情をするでしょうね」
運命とは数奇なものだと思いながら、店につくまで手は握ったまま。
この時の俺は、久しぶりに穏やかな休日を過ごせると……浅はかにも思っていた。
この後、激烈なインパクトを残すイベントが待っているなど露にも知らず。




