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第168話・アリサの新生活

 

「あわわっ!? えっ、わたし……なんで勝手に変身しちゃってるの!?」


 完全に無意識での変身に、アリサはかなり困惑気味に髪を引っ掴んだ。

 両手に握られた柔らかい髪先は、余すことなく紫色が染み渡っている。


「やっぱそうか〜、アリサちゃんは“そっち系”の制御が課題っぽいわね〜」


 最初からわかっていたらしいミライへ、ゆっくり変身を解きながらアリサは問いかけた。


「や、やっぱりって?」


「わたしも詳しいことはわかんないんだけど、この竜の力……ただ都合よく習得できるほど単純じゃないみたいなのよね」


「ミライさんも……確か竜の力使えたよね? ちょっと名前違うけど」


「うん、わたしのは『雷轟竜の衣』って名前みたい。スピードと雷属性出力が体感50倍にはなるイメージ。西の古代帝国跡地でアルスに激飛ばされて––––気づいたら覚醒してた」


 彼女の言葉に、アリサはハッとした様子で自室から本を取ってきた。

 それは学園で支給される、一般的な歴史の教科書だった。


「ミライさんのって……たぶんこれだよね、エンデュア地方––––今で言う古代帝国跡地にかつて住んでたっていう。伝説の存在」


 アリサが指差した先には、イメージ絵で描かれた刺々しいドラゴンがいた。


「”雷轟竜ライガルアクス“。雷を司る、今は亡きドラゴン……伝承では天に仇なす存在を滅する竜だったとか」


「正直信じられないけどね……でもわたしはアリサちゃんと違って、興奮したりして無意識に変身はしない。その代わり––––」


 ミライが具現化したのは、一見すれば漫画執筆に使うペンのような形をした魔法杖。

 まだ名も無き、アルスに貰ったアーティファクトだ。


「この杖の力を借りないと、自力じゃ変身できない。簡単に言ったらアリサちゃんの逆バージョンね」


 2人は通常状態なら魔人級の1個前である、エルフ王級魔導士だ。

 しかしいざ変身すれば、そんなランクなどゆうに飛び越えるくらいのパワーアップを果たす。


 それだけ竜の力というのは強大なのだ。

 ゆえに今回アリサがどのような状態かを見るため、ミライは学校終わりにこうして寄ったのである。


「最近身近で物が壊れたりとか、そういうの無かった?」


「今のところは……でも無意識に変身して、もしうっかりドアをいつもの調子で勢いよく開けたら……」


「間違いなくドアが吹っ飛ぶわね」


「あうう……辛いなぁ」


 精神的に動揺した程度でいちいち髪や瞳が色を変えてしまったら、目立つことこの上ない。

 そして何より––––


「今日はアルスが欠席だったから良かったけど、アリサちゃん……今の状態だとアイツ前にしたら即変身コースでしょ?」


「ひ、否定できない……」


 そんな形で好意がバレるのは、なんとしても避けたい。

 しばらくして本を畳んだミライは、困惑するアリサへ明るく微笑んだ。


「まっ、なんとかなるっしょ。一応良い方法があるんだ」


「えっ! なに!? 教えてミライさん! 何でもするから!!」


 よっぽど切実らしいアリサへ、ミライはドヤ顔で言い放った。


「ドキドキしたら素数を数えれば良いのよ! 気分が落ち着くわ」


「…………」


「……ダメ?」


「色んな意味でね、まぁとりあえず意識して変身しないよう生活してみるよ。とりあえずごめんだけど今日はお開きにしよっか」


 やおら立ち上がったアリサは、何やら出かけ支度を始めた。


「どこ行くの? もう学校終わったし、今日はエーベルハルトさんの判断で生徒会もないわよ?」


「あれ、言ってなかったっけ? 実は最近バイトを始めることにしたんだ」


 聞けば、今まではキールからの政治資金を使っていたのだが、もう完全に党と決別したためお金がないらしい。


「学園ランキング10位内に入ってれば学費掛からないし、自分で使うお金くらい……自分で稼がなきゃと思って」


「良いと思う! やっぱ自分で働いて買った物の方が気兼ねしないしね。もう働き始めてるの?」


「うん、ミライさんと同じ飲食業。昨日が初出勤だったんだけどまだまだ慣れないや」


「へぇ〜、どこのお店? よければ今度行ってみたいんだけど」


 そこまで言ってから、アリサの髪色がまた少し変わったのに気づいた。


「う、うん……落ち着いたら、きっといつかね。可及的速やかに最大限早く教えるよ」


 どうやら、同級生に教えたくないというのだけはわかった。

 一体、どんな店なのやら……。


「じゃ、また明日ー。休み時間にでも演習場で変身制御の練習しましょ」


「うん、ありがとう。とりあえずお疲れ様〜」


 アリサの部屋を出てからも、ミライは勝手に学生じゃ入りにくいようなお堅いレストランかなと想像していた。


 実際はその遥か上であるわけだが、この時のミライにわかる術はなかった。


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