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第167話・アリサの重大な話

 

 アルスが体調不良により寝込み、それを受けたユリアが伝言とささやかな企みを携えて喫茶店ナイトテーブルに向かった頃。


「ミライさん……、大事な話があるの」


 王立魔法学園、新女子寮3階––––301号室。

 アリサ・イリインスキーと名札に書かれたドアの奥、リビングに座った部屋の主たる彼女は重々しく口開いた。


「大事な……話?」


 隣で一緒のソファーに座ったミライは、極めて深刻そうな話題が来そうだと身構える。

 キールのしがらみから遂に解放された彼女だが、他にも言えない苦しみがあるのかもしれない。


 大事な友達の、人生が掛かってるかもしれない話にミライは唾を飲み込んだ。


「聞きたいんだけどさ……」


「うん、言ってみて……例えどんな内容でも大丈夫。わたしはアリサちゃんを絶対裏切らないから」


「本当……?」


「ホントよ」


 一瞬安堵の色を見せたアリサは、すぐさま表情を真剣なものに移し替えた。


「わたしって……体の匂い強いのかな……?」


「………………は?」


 時間が止まる。

 静止した空間で彼女たちを見つめるのは、棚に飾られたクマのぬいぐるみだけだ。


「なぜそうなる?」


 当然の疑問。

 だが首を傾げるミライを尻目に、アリサ本人は非常に真剣な様子だった。


「いや、こないだベアトリクス政治少佐と戦った時に言われたんだよ……『たとえ雨の日でも臭うのよ、ドブネズミの汚い香りはね。特に––––あんたの匂いは絶対間違えない』ってドヤ顔でさ」


 本来ならばそんなの比喩だと否定する場面。

 けれどミライは、こういうとき嘘をつけない性格だった。


「うん、アリサちゃん特有の匂いは……たしかにあるかも。間違いなく」


「あるの!? しかも間違いなく!?」


「でも安心して! すっごく良い匂いだから誰も不快になんて思ってないし、なんならどんなシャンプー使えばそんな良い匂いになるのか、エーベルハルトさんと話すらしたもん」


「嬉しくない! 全然嬉しくないよ!? ってかユリもなにを話してるの!?」


 自分の匂いは、得てして気づかないものだ。

 しかしこうもハッキリ言われてしまうと、ベアトリクスの言葉は真実だったのかとショックを受ける。


「正直この部屋入った時から、もうアリサちゃん成分が大気に溶け込んでるのわかるくらいには」


「ッッ!!」


「高級アロマっぽい感じ? アリサちゃんが廊下を通った後、男子共が群がってるの気づいてない? 特に体育の後の体操服なんかは––––」


「もういい!! その辺で十分だから!! せっかく処刑免れたのにこれ以上自殺願望を増やしたくない!!」


 現実から逃避するように、顔を押さえてうつむくアリサ。

 そんな彼女を、ミライは優しく撫でながら––––躊躇なく核心を突いてみた。


 なぜこんな話になったのかと。


「アリサちゃんさぁ、実は夏休みの一件で……アルスのヤツにめちゃくちゃ惚れちゃったんでしょ? もう恋愛漫画のストーリー風に妄想しちゃうくらいに」


「ッ!!?」


 上げた顔が一気に紅潮し、これ以上ないくらい心臓の鼓動が速くなる。

 ありえないッ、だって今まで男子なんか一片も興味なかったのに––––


「これまで女子にしか興味なかった、でも初めて自分を命懸けで……それこそ今この瞬間も倒れてまで助けてくれるヤツに出会った。そりゃ惚れるわよ」


「な、なんで……そう断言できるのさ」


「わたしもアイツに惚れてるからよ。恋する乙女って案外わかりやすいのよね〜、そこはフィクションと全然変わんないわ」


「そんなの根拠に––––」


「じゃあなんで急に自分の匂いなんて気にし始めたの? 知ってる? 女性の匂いの秘密……」


 大雨をかぶったように汗をかくアリサへ、ミライは笑顔でトドメを刺しに行く。


「女性の匂いはね、女性フェロモンが多いほど強いのよ。だからアリサちゃんの匂いを、アルスは絶対嫌だと思ってないわ」


「ほん……と?」


 半分だけホントである。

 実際人間の大まかな匂いというのは、食生活や清潔意識、女性などは量の多い髪にシャンプーの香りがまとわりつくことで決まる。


 ただミライ的に、面白そうという理由で最近知った知識を適当に披露してみせただけだ。

 それでも効果は的面、アリサはこれ以上ないくらいに動揺していた。


 ”目で見てわかる“レベルで。


「じゃあとりあえず、気にしなくて良いのかな……? アルスくんにもし不快って思われてたらと思うと……全く寝れなくって」


「匂いは気にしなくって良いんじゃない? それよりまずは––––」


 カバンから手鏡を取り出し、ミライは未だソワソワするアリサへ向けた。


「感情に左右されない、力の制御から一緒に練習しよっか」


「へ……?」


 そこには、いつものツーサイドアップで纏められた銀髪などどこへやら……。

 髪とついでに青かった瞳まで、濃い紫色に輝かせたアリサの顔が映っていた。


 ベアトリクス戦で獲得した新たな変身であり、マジックブレイカーのさらに先。

 血界魔装––––『魔壊竜の衣』だった。


 唯一先日と違うのは、その変身が本人の意思と全く関係ないことだ。


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