第166話・お兄さんを困らせたら、怖ーい彼女がやってきますよ?
「ゆ、ゆユゆゆ……ゆ、ユリア、姉さん……?」
リンゴを皿へ落としたカレンが、扉の前に立つユリアへブルブル震えながらもゆっくり振り向いた。
俺も首だけ傾けて見るが……。
「あら、あらあらあら……これはぁ、どういう状況ですかぁ?」
顔はとてもニコニコしている……だが、目だけは明らかに笑っていない。
向けられた殺意とも言える覇気は、大陸1位の焔使い冒険者を凍りつかせるのに十分だった。
「あ、えっ……その。これはあれっす! 大事なお兄ちゃんを必死で看病してただけで……」
「会長が動けないのを良いことに、困らせてゾクゾクするのは楽しかったですか?(笑)」
一番聞かれては不味い部分が聞かれていた事実に、カレンは視線を右往左往させながら必死に二の句を継ごうとしている。
「ね、姉さんこれは……その、いわゆるスキンシップってやつで……!」
「ずいぶん距離の近いスキンシップですねぇ?(笑)、わたしとしてはぁ……会長を困らせる悪い虫さんをぉ、1匹残らず処理しないといけないんですよぉ(笑)」
ヤベェ、ガチだ。
あの実力者カレンが、蛇に睨まれたカエルのように硬直してしまっている。
しかもユリアのやつ、彼女が逃げられないようしっかりドアを閉めて施錠する徹底ぶり。
「わたしとしては、大事な彼氏にちょっかいをかける悪い子を放っておけないものでして」
「やっ、ちがっ……これは普段のアルス兄さんがだらしないからで––––ムグッ!?」
必死に言い訳しようとするカレンの口へ、ユリアは落ちていた体温計を押し込んだ。
っつかそれ、俺がさっき使ったやつ……。
「んぇ……っ」
––––ピピピッ––––
「38度ですか、炎属性魔導士さんは平熱時の体温がすごく高いんですねぇ。夏休みの自由研究論文のテーマにすれば良かったです」
「ゆ、ユリアねぇしゃ……ぷへっ!」
体温計を引き抜いたユリアは、付着した唾液をカレン自身の衣服で拭きながらなおもニコニコと顔を近づける。
「良いですか? お兄さんを困らせたら……例えどこだろうと怖ーい彼女がやってきますからね?」
「は、ひゃい……ユリア姉さん、ごめんなさい」
カレンの顔はもう恐怖で半泣き状態だった。
それほどまでに、浴びせられるユリアの怒気というのは凄まじいのだ。
冒険者でも最強の焔属性剣士が、まるで躾け中のネコが如し。
ヘタリと床に座り込むカレンへ代わり、ユリアが俺の側に来た。
「改めて、会長……お加減大丈夫ですか?」
「切り替え早いな……まぁ、ご覧のとおり動けないが体調は回復してると思う」
「そうですかっ……、良かったです。下校してから全速力で来た甲斐ありました」
「新学期早々すまないな、生徒会の方はどうだった?」
「今日はわたしの判断でオフとしました、なにやら異世界研究部の方が用ありとは聞きましたが……、正直会長の容体に比べればそこらの雑草以下の優先度なので後回しにしてます」
いつぞやのドロドロくん事件を、かなり根に持ってるご様子。
そこへ、ようやくショックから立ち直ったらしいカレンが腰を上げた。
「あのさ、今さらなんだけど……ユリア姉さん。さっき”彼女“って言いました?」
「はい、あぁ……そういえばカレンさんにはまだ言ってませんでしたね」
言うやいなや、ユリアは布団の中にあった俺の手をギュッと握って微笑んだ。
えっ、ちょっと……!?
「わたし、夏休みから会長と正式にお付き合いさせていただいてるんです。立派な彼女ですよ」
カレンの顔が再び驚愕に染まった。
「ま、またまた〜。大貴族のご令嬢で超天才のユリア姉さんに、そんなズボラ兄貴が吊り合うわけ……」
「もうさっきの言葉、忘れましたか?」
「ごめんなさい忘れてないです!!! しかしいや〜……はぁ〜。ミライ姉に続いてユリア姉さんまで……」
顔を紅くして、なにやらポヤポヤ妄想を膨らませる義妹。
そんなカレンは置いておき、俺は眼前の彼女へ向き直した。
「アリサとミライは大丈夫だったか?」
「はい、今日はアリサっちの部屋で2人共遊ぶようです。お大事にとの伝言もありますよ」
「そうか……了解した。それでユリア」
「なんでしょう?」
「わざわざ1人で来たんだ、見舞い以外に用があるんじゃないか?」
「……さすが、鋭いですね」
1つ深呼吸したユリアは、キッと目をこちらへ据えた。
「会長、よろしければ今度の休日……わたしとカフェ巡りに行きませんか? もちろん体調が万全ならです」
「カフェ巡り?」
「あっ……その、嫌ですか?」
「いや、そういうわけじゃ無いんだが。ずいぶんいきなりだなと思って」
「いえ実は……」
ユリアはカレンにさっき落としたカバンを持って来させると、中から紙を数枚取り出した。
「今度の大魔導フェスティバル……まぁ他校で言う文化祭&体育祭ですけど、わたし自身が超箱入り貴族だったので、出店に向けて世の色んな業務形態を勉強したいと思いまして」
「なるほど、さすがに真面目だな」
っとなると、彼女の真意にもおのずと気がつく。
わざわざ1人で来た理由がわからないほど、俺は鈍感系じゃない。
「わかった、今度の日曜でどうだ? “2人”で王都の色んな喫茶店に行ってみよう」
ユリアの顔が、朝日を浴びて開いた花のようにパッと輝く。
「良いなぁデート……。わたしも早く彼氏作らなきゃ……」
カレンが隣で、焦り気味な表情をしながらポツリと呟いていた。




