第161話・アルスのシナリオ、ラスト担当は元勇者
ミリシア王国がひた隠しにする、王族しか知らない絶対の秘密。
それを全力で探るよう、キール社会主義革命党のトップであるゴルシコフは命令していた。
ブラックボックスであるそれが、“竜王級魔導士”という存在に、深く関わりがあると睨んだからだ。
予定通りなら、セヴァストポリ少佐が既にキールへ向かってミリシアから脱出。
全ての濡れ衣を着せて、党の元暗部であったアリサ・イリインスキーを処刑している頃だろう。
なのに……。
「いやはや、お待たせして大変申し訳ありません。なにぶん今日は足元が悪いものでして」
––––王都 キール社会主義共和国大使館。
その一室に、たまたま所用でミリシアに滞在していたゴルシコフ党書記長は呼び止められていた。
入ってきた男は、一見悪びれるそぶりを見せるも、すぐにそれが本心ではないとわかる。
それもそうだろう……、眼前のソファーへ座った金髪の軍人は、自分たちを遥かに上回る超大国の人間だからだ。
「重ねて無礼をお詫びいたします、ゴルシコフ書記長殿。私はアルト・ストラトス王国在ミリシア駐在武官––––ジーク・ラインメタル大佐です」
非常にネイティブなキール語を繰り出され、若干驚きながらもポーカーフェイスを崩さず返した。
「キール社会主義革命党の党首、ゴルシコフだ。元勇者と名高い貴方にお会いできて嬉しいよ大佐」
「こちらもです、ゴルシコフ書記長」
互いが1対1で向かい合い、社交辞令が交わされる。
一体この駐在武官は、スパイ計画の佳境という大事な時になぜ自分を呼び止めたのだろう。
その答えは––––油断していた彼へ、奇襲という形で突きつけられた。
「ところで書記長……、貴国の諜報機関はずいぶんとマナーがなってないご様子ですね」
「ッ!!?」
心拍数が跳ね上がるも、ゴルシコフは努めて冷静に切り返した。
「諜報機関? 恥ずかしながらもう年齢からか聡くないものでして……迂遠な言い回しは避けて頂けると––––」
どこまでも目を逸らすゴルシコフに、ラインメタル大佐はニッコリと微笑みながらケースを机に叩きつけた。
突然の大音量と振動、何より直接的な“意図”に体が凍りつく。
「じゃあ遠慮なく聞いていくとしようか、君らはどこの大陸だって変わらない。狡猾でリスクを極力避けようとするのはいかにも共産主義者らしくズル賢い」
「……どういうことですかな?」
「このケースに、見覚えはないかい?」
机に乗せられた真っ黒なケースに、吸い寄せられた目が離れなくなる。
バカな……これは、このケースは……!
「同志セヴァストポリの……ケース……っ」
「あぁ、彼は今この国の公安に捕らえられている。ちなみにミリシアはケースについて何も知らないよ」
「な、なぜこれがここに……」
「セヴァストポリとやらの身柄に興味などないが、この秘密が詰まったケースを貰うのが……。君らの茶番を叩き伏せるため彼が我々と交わした契約の報酬だったまでだ」
「彼……だと?」
「まだわからないかい? 秘密を得ようと少女の人権を蹂躙し、街中で特殊部隊まで暴れさせる貴様の行動––––その全てが予想されていたというわけだ」
まさか……、まさかまさかまさかッ。
ありえない、そんなこと––––
「ありえるんだよ、こんな否定したくなる現実がね。我々アルト・ストラトスは……竜王級率いる生徒会と協力関係にある」
今度こそ、ゴルシコフは表情を崩して驚愕した。
つまり、完全に成功したと思っていた計画が––––竜王級本人に看破されていた上、完膚なきまでに粉砕されたということだからだ。
まさしく突然撃ち殺され、死体蹴りをされたに等しいショックだった。
「バカな……!! たかだか学園の生徒会と、世界最大の超大国が協力だと!? 冗談も大概にしろッ!!」
モスグリーンの上着から、隠していた拳銃を眼前の駐在武官へ取り出し向けた。
恐怖、不信、あらゆる負の感情がゴルシコフから冷静さを失わせる。
「冗談ではなく事実だ、彼は私が認めた竜王……大賢者や大英雄さえも超える、最強の王。君たちは見誤ったんだよ。アルス・イージスフォードという規格外の存在をね」
銃を向けられてなお、意にも介さず立ち上がる大佐は––––頬を吊り上げていた。
「……っ!!!」
「さぁイージスフォードくん! 契約の最終段階だ!! ここが君の予想し、企てたシナリオのラストステージ。このクソくだらない茶番のシメを……畏れ多くも担当させて頂こう」
元勇者ジーク・ラインメタル。
この軍人を、アルスは最初から知っていたのだ……狂気的な合理性と実力を持っていることも。
海の向こう––––グラジオン大陸最強の男にして、たった1人で魔王軍を退けたという英雄級の存在。
そんな人間を、アルスは敵ではなく味方にしてしまおうという、これまた非常に合理的な発想で引きこんだ。
これはお互いが合理主義者であるがゆえの、必然による引き合わせだった。
「一応学園特別顧問という立場だ、たまには愛しい生徒の期待に応えなくてはね」




