第157話・マジックブレイカーの、その先へ!!!
アルスくんが来てくれた。
こんなわたしを助けるために、一緒に立ち向かうと言ってくれた。
それだけで、こんなにも魔力と嬉しさがとめどなく溢れ出す。
誰もいない通りへ飛び出したアリサは、改めてベアトリクスと正対した。
「なんの魔法を使った……! 瀕死のお前がこんな力、到底振るえるとは思えん……ッ!」
「そう思うじゃん? 正直わたしも不思議でしょうがない……。これだけ身体はボロボロだけどさっ!」
一気に踏み出したアリサが、言葉の届くより早く攻撃を繰り出した。
かろうじて両腕を交差して防ぐも、ベアトリクスは予想外の衝撃によろめく。
「なんか……元気貰っちゃったんだよねっ!」
「ぐっ……!」
拳撃の打ち合いは、周囲の雨粒を四散させるほどに強烈。
ベアトリクスのガードが、徐々に崩れていった。
「なんだ貴様はっ! 何者だ! 竜王級にどんなエンチャントを掛けられた!!」
「アルスくんはもう他人に直接エンチャントしないよ。そうやって相手を疑う癖、抜けないんだね」
慌てて距離を取ったベアトリクスが、黒のオーラを噴き出した。
油断を一切していないにも関わらず、さっきと同様いきなりアリサは横を取られた。
しかし––––
「もうその手、効かないよ」
待っていたのは、速度の乗った回し蹴りだった
ギリギリかわしながら見れば、アリサを包む紫の光が輝きを増している。
「あなたのそれは、こちらの意識の隙間に入って肉薄する魔法。いわば精神干渉の類でしょ?」
「そうだとしても解せないな……! お前が防げるのは攻撃魔法だけだったはずだ!!」
「うん、それが父さんから貰ったスキル……『マジックブレイカー』。通称”魔導士殺し“の能力」
キールでつけられた異名を言いながら、アリサはさらに速度を増した。
「けれど学園に来てわかった、これだけじゃ……自分を持ったとは決して言えない。あの竜王級には永遠に勝てないッ」
攻撃するアリサの目が、髪が、ドンドンその色彩を変えていった。
銀色の雪が、紫の波で染め上げられていくように。
「ッ……!! 貴様の能力は決して特別などじゃない!! 死んだ父親から私の渡した『初期型フェイカー』で、能力を移植しただけの無能だッ!!」
「だとしてもッ!!」
地面を砕かんばかりに踏み込んだアリサは、ベアトリクスのふところへ侵入した。
「もう恐れない! 罪も過去も、託された想いも––––全部ぜんぶ受け止める! もう逃げたりなんかしない!!」
「戯言だな! お前は死ぬ! 絶対にだ!! 同志党書記長がお前を逃すわけがないだろう!!」
「いいや死なないね!! わたしには新しい家族が––––」
ベアトリクスの手刀は、アリサの頬を掠めた。
「超えるべき最強の存在、アルスくんがいるッ!!!」
初めてベアトリクスの胸部に、骨まで届く拳が叩き込まれた。
だがこれだけで倒れる相手じゃない、完成させろ、見せつけろ!
己の全てを信じ、託してくれた最高の人間へ、わたしは大丈夫だと伝えるために……!!
「だああああぁぁああああああッッ!!!!」
マジックブレイカーの、さらに先へ––––!!
「血界魔装––––『魔壊竜の衣』ッ!!」
一瞬だった。
それまで淡く光るだけに留まっていた髪が、瞳が、アメジストのような紫へ染め上がったのだ。
それに合わせて、全身を包むオーラも焔がごとく燃え上がる。
「竜の……力っ!? なぜ、何故お前なんかがキールにまつわる伝説の力を!!」
半ば恐慌気味に叫ぶベアトリクス。
彼女も知るそれは、キール建国当時に存在したと言われる今は亡き”伝説の魔壊竜オーニクス“。
キール人なら誰でも認知している、絵本に出るような伝説の存在だ。
眼前のアリサは、まさしく同じ力を宿していた。
「何故ってさ……、そんなの決まってんじゃん」
血だらけ傷だらけ、しかし凛とした紫色の瞳で、
狂乱するしかないベアトリクスへ向かい、アリサは落ち着いた声で即答した。
「心から信じられる本当の”竜王“の傍に––––いたいと思ってしまった……、それ以外にある?」
竜は、竜王の傍に集う……。
「グッ!!」
変身したアリサの身体能力は、もはやベアトリクスを圧倒的に凌駕していた。
目の前で拳を握るアリサに、全く反応できない。
「ベアトリクス政治少佐、あなたと党には大変お世話になりました。しかしこの一撃をもって––––」
竜の力が、彼女の細い腕に一点集中した。
「おさらばです、わたしは大好きな人たちと––––家族と共に生きます。政治の道具は……もうこりごりです」
黒の魔力が、触手となってアリサへ迫るも掻き消される。
彼女には、もはや攻撃魔法はおろか精神魔法すら効かない。
アリサ・イリインスキーは、ベアトリクス目掛け全ての力を全身全霊でぶち当てた。
「滅軍戦技––––『追放の拳』!!!」
即席の防御魔法すらぶち抜いて、アリサの拳がベアトリクスを地面へ叩き伏せた。
区画の通り一面が砕け、地震のような揺れと共に政治将校は白目を剥いて失神した。
「ハァッ……! はぁっ、ミライさんの言ってた通りだ……君の声援は本当に最強だよ。アルスくん」
アリサは震える小さな手で、短くガッツポーズした。
いつの間にか雨も止んでいる。
見上げた先の空からは、晴れ間と蒼空が伺えた。




