第152話・アリサの真実
世界の神、始祖の竜王級。
セヴァストポリの口から出たやたらとスケールだけデカい言葉に、俺は思わずヤツの乗る列車を蹴った。
「ぐおあっ!」
ネフィリムのエンチャントを足に纏っていたので、僅かな動作とは反対に大きく上向いた車両がセヴァストポリを地面に放り出す。
「ユグドラシルによくあるような、都市伝説系動画のネタは好きだが。今話すことかよそれ……?」
「聞いて損はない! お前だって気になってるだろう? 俺はこの国で諜報した結果––––まず神の存在に行き着いたんだ!」
時間稼ぎのつもりなのか、饒舌に喋り出すセヴァストポリ。
仕方ない、少しだけでも聞いてみるか。
「この俺たちがいる“ラロナ大陸”とは違う場所、大洋の向こうに存在する“グラジオン大陸”は知っているな?」
グラジオン大陸––––他でもない、アルト・ストラトス王国の君臨する大陸だ。
他にも亜人の住む国や、魔族の住む国、キールの数十倍は大きいミハイル連邦という国家も存在するという。
「いいかよく聞け、驚くなよ……俺でも卒倒しそうになったからな」
「サッサと言ってくれ。ずぶ濡れでも眠くなってきた」
「……この世界に、どうやらもう神はいないらしい」
「……」
たしかに凄い情報だ。
この世界には、女神アルナを主神とするアルナ教というものがあるほど信仰に熱心だ。
何せ、あらゆる魔導具の元であるクリスタルの名になるほど有名だ。
それがまさかの存在しない、事実ならこの世の宗教システムが大きく崩壊する超機密情報だろう。
「俺がアルナ様の熱心な信徒だったら、今の言葉で卒倒させれたかもな」
残念ながら俺はアルナとやらに、なんの信仰も持たない。
けれど––––確認するべきことは増えた。
「お前ら、闇ギルド・ルールブレイカーと繋がってんだよな? おかげでファンタジアでのこと……少し繋がったよ」
「さすがに勘がいいな、その通りだ……」
セヴァストポリは、車上から落ちた防水バッグを大切そうに抱えた。
「奴らはもう消えてしまったアルナ様に代わり、神の力を手に入れようとしている」
「その儀式が……『神結いの儀式』というわけか」
さて、そろそろか……。
俺は全身に力を込める準備をした。
「竜王級……この情報に満足して、今日は帰ってくれないか? 俺はなんとしてもこの書類を本国に持ち帰らなきゃなんねえんだ」
瞬間、セヴァストポリの背中から電流が走った。
案の定––––神だの始祖の竜王級とかいうのは、このための時間稼ぎと確信する。
見上げた上空には、常人なら腰を抜かしてもおかしくない光景が広がっていた。
無傷のものからスクラップになったものまで、突きつけられた剣のように大量の列車が空中で静止しているのだ。
「時間が掛かっちまったぜ……っ、俺の能力は『物体操作』。限度こそあるが大質量の物体ですら意のままに操れるっ!」
「で、どうすると?」
「決まってんだろ竜王級っ……! これだけの大質量物体をぶつけられれば––––いくら貴様でもタダでは済むまい!」
空中から弾丸のように発射された列車群が、一点集中––––俺目掛けて突っ込んできた。
「死ねぇッ!! アルス・イージスふぉー……ど?」
俺の全身を紅い魔力が再び覆う。
「さっき7ミリ口径じゃ傷もつけられないと言ったが––––」
轟音と共に、俺の正面で全ての列車が勢いそのままに突っ込んで次々ひしゃげた。
世界最強の防御魔法である『イグニール・ヘックスグリッド』を前に……。
「訂正だ、俺に血を出させたきゃ15個砲兵軍団でも呼んでくるこったな」
蹴散らされた列車が、鉄道基地のあちこちに落着する。
いよいよ腰を抜かして怯えるセヴァストポリへ、俺は近づく。
「やめろ!! 俺は悪くない!! 元はと言えばミリシアの諜報任務はイリインスキーの仕事だった。なのに!」
唾を飛ばし。セヴァストポリは慈悲を乞うように俺を見上げた。
「なんたってアイツは、スパイにあるまじき怠慢をしやがったからなぁ」
「怠慢?」
「あぁ怠慢だ……職務放棄と言っていい、情が移っちまったんだろうな、入学してからベアトリクス少佐に殆ど連絡を取らずに学園生活を勝手に謳歌してやがった」
いや普通するだろ、あのアリサだぞ……スパイなんて器用な真似できるかよ。
ヤツから出る声色は、怒りと嫉妬を内混ぜにしているようだった。
ゆえに、俺は次の一言を聞いて自制心が音を立てて崩れるのを感じた。
「だから……その分すげえ気持ちよかったぜぇ、生徒会室の真下に仕掛けた”高性能爆薬”の存在を教えた時のあの絶望しきった表情はなぁ」
やはり、やはりか……。
アリサはずっとキールから逃げたがっていた、スパイなんてしたくなかった。
けれどそんな彼女に爆弾の存在など伝えたら––––もう絶対に逆らわなくなるに決まっている。
アリサにとって何より怖かったのは、判断ミスで俺たちを日常的に死の危険へ晒してしまったこと。
爆弾が生徒会の下にある、そんな状況であの子は––––決して内面をおもてへ出さなかった。
ずっと……偽りの笑みを浮かべていた。
やっと見つけた安寧の地で怯え、泣き続けながら……。
「アイツは結局情にほだされた無能だ、ヤツが吸った空気も口に入れた食い物すら世界にとってもったいない! 親も既に両方死んだ! 文字通り生きる価値のない孤児なんだよ!」
俺の脳裏をよぎるのは、幸せそうに大きな弁当をリスみたくがんばって頬張る彼女の姿。
これ以上ないくらい満面の笑顔で、ファンタジア旅行をするアリサ。
彼女はずっと、本心を押し殺してキールの脅威から俺たちを守っていた。
必死で、必死で日常を守ろうとして。
「だから使い捨てにして何が悪い! 仕事をしないスパイに安寧はない! ヤツに青春なんざ送る権利は一生ねえッ!!」
家族の存在をこれ以上ないくらいに否定された俺は、スッと表情を闇へ落とした。
「ぶぐあっ!?」
気づけば俺は、セヴァストポリの顔面を思い切り蹴っていた。
「ここが2人きりの場所で良かったよ……。おかげで、俺の残忍で冷酷で非情で非人道的な行いを––––」
雷を纏った手で、セヴァストポリの顔面を掴む。
「誰にも見られなくて済む」
俺は過去一番と言っていいくらいの、邪悪な笑みを見せた。




