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第150話・ドブネズミの臭いはねぇ……わかるのよ、特にアリサ。あんたはね

 

 王都内の外れ……人通りなんて殆どない、空き家だらけのゴースト区画。

 そこの噴水広場近くで、重いマンホールの蓋が開いた。


「よっ……ぷはぁっ!」


 中から出てきたのは、ボロボロの制服を身に纏ったアリサだった。

 疲労に満ちた顔で路上へ這い上がり、フタを閉める。


「なんとか上手くいった……、ほんとアルスくんの予測は凄まじいなぁ。やっぱ社会経験あるからなのかな?」


 収容室から出たアリサが連れられたのは、なんと外ではなく下水道への入り口だった。

 彼女はその時の会話を思い出す。


「げ、下水道……? 上で車が待ってるんじゃないの?」


「最初はそう考えたが、公安だけならともかく……さらに手強い勢力の加勢が予想されるかもしれん」


「もしかして……キール国の特殊コマンド?」


「誰かがそう言ってたのか?」


「うん、クラーク捜査官がわたしの護送で呼んだって……多分アルスくんの予想は当たってるよ」


「だったら話は早いな、ほれ!」


 下水道への入り口は深く、とても暗い。

 けれど不安は微塵も感じなかった。

 彼が見届けてくれる……それだけで安心できた。


「公安と特殊部隊、セヴァストポリの野郎はこっちでなんとかする……けれどそれ以外はアリサ。お前が自分で乗り越えるんだ」


 その会話を最後に、後は下水道を通ってとにかく収容所を離れた。

 歩きに歩いて、ようやくたどり着いたのがここというわけだ。


「サイレンと、爆発……銃声まで聞こえる」


 アルスが、ミライさんたちが戦ってくれている……。ユリはわからない……。


 けれどわたしなんかのために、みんなが命を張って助けようとしている。

 息を吸い込み、アリサはまず現状を確認した。


「逃げ切れればこっちの勝ちだ。最悪所定の時間までどこかに隠れてれば良い……、ちょうどゴースト区画だから適当に––––」


 一歩踏み出そうとした直後、背後から声が掛けられた。


「ホント、ここが人目につかない場所で良かったわ」


「ッ!!」


 反射で振り返ったアリサの瞳に、1人の女が映った。

 将校服に身を包んだ、自分と同じ銀髪の女性––––それは決して会いたくなかった最悪の恩人。


「ベアトリクス……ッ!」


「久しぶりねぇアリサ、キールであなたを見送った時以来かしら? 身長も少し大きくなったんじゃない?」


「アンタに成長を祝われて……、わたしが嬉しいと思う? 殺そうとしたくせに」


 威嚇するアリサを見て、ベアトリクスは不敵に笑った。


「なんで場所がわかったか、不思議でしょうがないんでしょう?」


「正直ね、特殊部隊や公安すら騙せたのに……アンタだけはピンポイントでわたしの背後を取ってきた」


 高い身長で見下ろしながら、ベアトリクスは自らの鼻を指差す。


「たとえ雨の日でも臭うのよ、ドブネズミの汚い香りはね。特に––––あんたの匂いは絶対間違えない。下水通ったのにまだ良い匂いなのは不思議だけど」


「全然嬉しくないんだけど、わたしの匂い勝手に嗅がないでくんない?」


「別に良いじゃない、だってわたしは––––」


 右手に豪炎を宿したベアトリクスが、アリサを見て舌舐めずりする。


「あなたに格闘術を教えた師匠であり、元上司なんだから」


 高速で投げられたファイアボールを、アリサは全身に魔力を集めることで防いだ。

 銀色だった髪と青の瞳が、淡い紫色に輝く。


「『マジックブレイカー』……、相変わらず強いスキルね。魔法が一切効かないんだもん」


「……」


「でもそれは、本来あなたの持つスキルじゃない。もう死んだあなたの父––––アイザック・イリインスキーのユニークスキルよ」


「父はもういない……だからわたしが引き継いだのよ」


「全然使いこなせてないくせに、強がっちゃって可愛いっ♪。そんな顔されたら––––」


 ベアトリクスの全身から、アリサの数倍はあろう規模の魔力が溢れ出た。

 わかってはいたが、膨大な戦力差に冷や汗がたまらず流れる。


「またあの頃みたいに……、徹底的に調教したくなっちゃうッッ!!」


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