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第148話・ミライ、今年最大級の悲しみを背負う

 

 残酷に放たれた銃弾は、中に入った体ごと2つのローブを撃ち抜いた。

 外れた弾などない、全弾命中だ。


「そんな……っ」


 両手を地面につくミライ。

 悲壮に打ちひしがれた彼女を見て、グランは思わず目を逸らす。


 目の前に広がるのは、血と無情な現実だ。


「わたしの……っ!」


 拳を地面に打ち付け、歯を食いしばりながら慟哭する。

 その姿を見て、キール特殊部隊隊長も強面を緩めた。


「ここまでよく頑張ったが……竜王級、そしてアリサ・イリインスキーもこれで終わった。友人の死は辛いだろうが……お前たちにこれ以上の心傷は––––」


 上から任務など終わったように見下ろす特殊部隊へ、ミライは涙を流した。

 視線の先には、赤い液体が染み込むローブが映る。


「よくもわたしの……!」


 立ち上がったミライは、憤然とキール特殊部隊に抗議した。


「“コスプレ模型”たちを壊してくれたわねッ!!!」


「…………………………は?」


 空気、っというより時間そのものが止まったような気がした。

 5秒ほど雨の降りしきる音だけが満ちてすぐ、キール隊長は人間離れした速度で弾丸を倒れるローブへ撃ち放った。


「ッ……!!」


 嫌でも形相が変わる。

 キール特殊部隊が撃ち抜いたのは、アルスでもアリサでもない––––ただのマネキン人形だったのだ。


 それも、魚の血を袋に詰めて被弾したと錯覚させる徹底工作の跡まで見える。


「隊長……! 我々は」


「あぁ副官……どうやらあの車には、竜王級などおろかアリサ・イリインスキーも乗っていなかったらしい。クソッ!!」


 完全に嵌められた。

 上の情報を信じきり、惰性で動いた結果だ。

 キチンと確認しておけば、こんな不手際など……。


「起こさなかったと? そうやって結果論に捉われ、起きてしまった判断ミスを今さらに呪う……。なるほどキールの部隊の練度が知れるな」


「なんだとッ!!」


 大雨の中、足でマネキンを転がしたグランは、心底バカにするような笑みを浮かべた。


「こんなのよく見れば一発でわかるだろうに、もしローブ=追跡対象だと思ってたんなら侮蔑(ぶべつ)されても文句は言えんね」


「あの……マスター、それわたしがバイト代掛けまくった大切なマネキン……ッ」


「うわわっ! ゴメンごめんよミライちゃん! ぞんざいに扱うつもりじゃなかったんだ! 軽率な行動を許してくれ!」


「大体わたしは反対だったんですよ! 仕方ないとはいえ2人の囮にウチの大事なコスプレ模型使うの! 1体でいくらすると思ってるんですか!」


「まっ、まぁ結果としてあのマヌケな特殊部隊を釣れたわけだしね……元気出そうよミライちゃん」


「出ないですよ! マスターが車を横転させなければウチの“ロミオ”と“ジュリエット”は今も無傷だったんです!」


 マネキンの名前を呼び、怒り狂うミライ。

 グランに至っては、ショックを受けたのかなぜかガックリと膝をつく。


「テメェ……らぁッ!!」


 自分たちを完全に蚊帳の外にしてしまった2人を見て、キール特殊部隊長はすぐさま装填。

 怒りに任せてコッキングした。


「気が変わった、お前らの殺害命令は出てないが––––そんなふざけた茶番一生できなくしてやるよ」


「ちょっ! 銃はなし銃は! まだわたしエーベルハルトさんみたくライフル弾は避けれないから!」


「安心しろ、そこで謎に意気消沈している大英雄も一緒だ。竜王級やアリサ・イリインスキーもすぐに追いかけさせてやる」


「タンマタンマタンマタンマ!!! せめて拳銃! ハンドガンにして! そっちの弾速ならギリいけるから!!」


「問答無用」


 ミライのお願いは、残念ながら聞き入れられそうにない。


「目標! ふざけた茶髪女と大英雄! 弾種ホローポイント!! 小隊集中射––––」


 一斉に向けられた銃口。

 彼らは一切の躊躇なく引き金をひいた。


「撃てッ!!!」


 発砲炎(マズルフラッシュ)がミライとグランを照らした。

 轟然とした音が都内を走るが、硝煙の先で鮮血は1滴も飛び散らなかった。


 なぜなら––––


「まったく、コスプレ模型くらいで何を打ちひしがれているのですか……ブラッドフォード書記」


 流星のような金色の尾を引いた少女が駆けつけ、持っていた杖の一振りでライフル弾を全て弾いてしまったのだ。

 顔を上げた先で、ミライは見た……。


 肩に掛からないくらいの金髪を、左側だけ緑色のシュシュで括った少女。

 王立魔法学園という場で、唯一アルスと比肩しうる最強クラスの魔人級魔導士––––


「エーベルハルトさん…………ッ!」


 キール特殊部隊も、思わず焦る。

 この場の誰よりも身長は小さいながら、発する覇気とオーラが全くの別次元なのだ。


「なんだ……アイツはっ!」


「ライフル弾が……っ! 効かないだと!?」


 特殊部隊が動揺する隙に、ユリアはアイコンタクトで2人に退避するよう促した。

 未だ魂の抜けたマスターを抱えたミライが、一言だけ呟く。


「ありがとう……来てくれて」


「礼はいりません、それに知っているでしょう?」


 毅然とした様子で、ユリアは宝具『インフィニティー・オーダー』を2刀短剣モードへ変更した。

 キール特殊部隊も、放出された魔力の量にたじろぐ。


「生徒会役員の安全と補佐は、会長に命じられた他にない副会長の仕事です。寮でふて寝していては––––あの人に申し訳がないんです」


 学園ランキング堂々の2位。

 王立魔法学園 生徒会副会長ユリア・フォン・ブラウンシュヴァイク・エーベルハルトは、特殊部隊を前に威厳を崩さず正面から立ちはだかった。


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