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第147話・大英雄の演技

 

「なんとか撒けましたかね……」


 疾走するキューベルワーゲンの後部席で、ミライはようやく一息ついていた。

 さっきから猛スピードで雨に打たれており、正直たまったものではない。


 ラインメタル大佐のえげつない路上封鎖により、公安たちはどうしようがもう追って来れないだろう。

 それにしても––––


「どうやって公安に追跡中止なんて命令、王政府から出させたんですか?」


 助手席と左の後部席に座るローブを叩きながら、ミライはトーンを変えずに聞く。


「さぁ、なんでだろうねぇ」


 それに対するマスターの答えは、簡素以外の何ものでもない。

 正面から見なくても、大学教授然とした顔が無表情なのはわかった。


「前から思ってましたけど、マスターの大英雄って肩書き……単なる過去の栄光とかそういう概念じゃないですよね?」


「どういうことだい?」


「あぁいや、別にマスターを舐めてるとかそういうんじゃないですよ。ただ––––」


 せっかくできた時間だ。

 ミライはフードの下で笑顔を取り払い、さりげなく聞くことにした。


「過去に活躍した大英雄ってだけで、ミリシアという国家にそうそう干渉できるのかなって」


「…………」


「マスターが冒険者を引退したのは知ってますし、日頃の安全運転を見れば、荒事なんかしないよう心がけてるの……よくわかりますよ」


「……そうだね。荒事は極力避けたい。けれどね……」


 グランのハンドルを握る手に、力がこもった。


「とても汚い、大衆に知られるべきじゃない仕事もするのが……大英雄の務めだと思っている」


「––––やっぱり、マスターは王政府と直接繋がってるんですね。だから今回みたいな法律ガン無視ムーヴも許可が出ているゆえと」


 マスターが一体王政府の誰と繋がっているのか、そこまではわからない。

 少なくとも大臣級か、それ以上なのは間違いないだろう。


 つまり、ミリシア政府は大英雄グラン・ポーツマスのリークによって今回の事の全てを理解している。

 だから、こんな法外な行動も黙認されているって感じか。


「王立魔法学園の生徒だけあって、ミライちゃんはやはり賢いね。その様子だと……僕をただの喫茶店店主だとは思ってなかったわけだ」


「普通わかりますって。言っちゃ悪いですけどあんな客入りじゃぁ、わたしとアルスにバイト代出すだけで赤字確定。税金や固定費用、材料費まで考えたら––––」


 ミライは至極当然の現実を、客観的に述べた。


「4ヶ月でとっくに潰れてますよね、喫茶店ナイトテーブル。なのにお店はドンドン綺麗になって新しい道具が増えるばかり。バイト代も上がってる……それにアルスも気づいてたからこの計画を立てたんですよ」


「あっはっは、参ったなぁ。僕的には十分演技できてると思ってたんだけどね」


「それはマスターが鈍すぎますよ……、せめて経営難くらい装わないと」


 ミライはここまでの会話で察したことを、周囲警戒しながら続ける。


「喫茶店の店長はあくまで趣味、さらに言えば––––目的のための偽装ですか?」


「そういうことだね、今回アルスくんに協力したのも……僕と王政府の意向が一致したからだ。こう見えて––––」


 曲がり角を乱暴に曲がったグランは、バックミラーを確認した。


「大英雄だからね」


 車の速度がグンと上がった。

 それに伴い、ジグザグと蛇行するような機動で走り出す。


「ミライちゃん! 上空だ!!」


 ハッと後ろを見上げれば、自分たちと同じローブ姿の人間が10人。

 後方から超高速で追尾してきていた。


 その事実に、思わずミライは冷や汗を流す。


「10人全員が……『飛翔魔法(メテオール)』を使ってるっ!」


飛翔魔法(メテオール)』は、魔法の中でも最大級に会得が難しい技。

 ミライ自身も使えるがとても不安定で、それを用いて戦える人間などアルスやユリアくらいしか知らないほどだ。


 公安にできることじゃない。

 それが“10人”––––しかも、連中に突如閃光が瞬いた。


「ッ!!!」


 とっさに伏せると同時、キューベルワーゲンの後輪が一気に弾け飛んだ。

 遅れて響いた轟音に、ミライは呟く。


「ライフル弾……ッ!」


「らしいね、蛇行運転通じずかっ!」


 安定性を失った車へ、謎のローブ集団は第2射を放った。

 頑丈な車が激しく叩かれ、バランスを崩す。


「クソッ! 飛び降りろッ!!」


 グランとミライが飛び降りた直後、キューベルワーゲンは激しく横転して炎上した。


「いっつ……! 大丈夫ですかマスター!?」


「軽傷だ、だがやはり来たな……ッ」


 見上げた先で、もう既にローブ集団が木製ライフルをこちらへ向けていた。

 ミリシアのものではない、ミハイル連邦製の社会主義国家が好む主力ライフル––––


「モシンナガンッ、キール国の特殊部隊か!」


 真ん中の男が、フードを外し強面を披露した。


「知っているなら話が早い。君たちのおかげでずいぶん計画が狂った。ベアトリクス政治少佐が不機嫌になるわけだ」


 隊長格であろうスキンヘッドの男は、不満げに見下ろす。

 部下の声を聞き、彼は銃口の向きを変えた。

 サイトの中央に、放り出されたローブが2体映る。


「竜王級とアリサ・イリインスキーを逃そうとしたんだが、フィクションじゃねえんだ……そんな上手くいくわけねえだろ」


「待って!! 撃たないで!!」


「悪いなお嬢ちゃん、そいつら2人には……今ここで死んでもらう。それが命令だからだ」


 キール特殊部隊の凶弾は、倒れる2つのローブをズタズタに撃ち抜いた。

 赤い液体が周囲に飛び散る。


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