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第146話・アルト・ストラトス王国VSクラーク捜査官

 

「貴様らっ! 一体何者だっ!!」


 あと少しで捕らえられた不審車両は、いきなり進路を塞ぐように停車してしまった車両群によって逃げられた。


 車を降りて、扉を力任せに閉めたあたりで向こうにも動きがあった。


「何者だとはずいぶんな口聞きじゃないか、この国の公安は喋り方からしてなってないと見える」


 後方のダメージがない車から、黒が基調となった軍服を纏う男が降りてきた。

 金髪に碧眼、非常に端正な顔つきの軍人だった。


 大雨の中で、2人の男は傘もささずに正対する。


「口聞きだと? 我々は今差し迫った緊急事態へ対処している。何者かは知らんがただちにそこの道を開けろ!!」


「何者と聞く前に、まず見るべきものがあるんじゃないかい? この国の公安さんとやらは」


「あぁッ!?」


 事故車両のくせになんとふてぶてしい。

 たかだか一般人に我々を止める権利……、など……。


「っ!」


 車に掲げられたミニサイズの国旗は、クラーク捜査官はおろかその場の職員たち全員を凍り付かせた。


「ッ……!! アルト・ストラトス王国!」


「そうだ、私はその国の駐在武官を務めるジーク・ラインメタル大佐という。いやはや……公務の邪魔になってしまって申し訳ないね」


 申し訳なささなど微塵も感じない。

 だがまさか外交官を乗せた車列と、偶然かち合ってしまったのか? いや……!


「まさか……っ!」


 クラークは脳内ですぐにその結論を否定する。

 こんなタイミングで、こんな道を塞ぐのにちょうどいい台数の車両が、こんな場所でたまたま外交官を乗せて事故を起こすなど––––


「あり得ない……と?」


 思考を先読みされたクラークは、ビクリと肩を震わせた。


「よくわかってるじゃねえか……っ」


「ふむ。だとして証拠がどこにあるというのだね? 捜査官くん。我々は偶然ここで移動中に事故を起こしてしまった。それだけなんだよ」


「嘘をつけっ!! 貴様ら––––どうやって癒着を築いたか知らんが、竜王級に組するつもりかッ!!」


「竜王級? 心当たりのない単語を連発されても困る。捜査機関ならキチンとした証拠を持ってきたらどうだね?」


 眼前の駐在武官はまるで引かない。

 しかし決定打が欠けるのもまた事実……、クラーク捜査官は即座に判断を下した。


「車をバックしろ!! 遠回りでもいい! もう一度別ルートから奴らを追い詰めて––––」


 クラーク捜査官の言葉はそこで途切れる。

 なぜなら、真後ろの十字路に面する付け根へ、またも次々と別の車両が衝突事故を起こしたのだ。


 これではバックもできない。

 クラークたち公安車両は、完全に封じ込められてしまった。


「おやおや、だから雨の日は運転を気をつけろと言ったのに」


 ラインメタル大佐は、わざとらしく首を横へ振った。

 もはや確信犯と言っていい、血管の切れそうな顔でクラークは怒号を発する。


「ッ!!! 貴様ァッ! (たばか)るのもいい加減にしろ!! これは国家の一大事なのだぞ!!」


「謀るもなにも、こちらはただ交通事故を起こしただけなのだがね」


「すぐにそこを退けッ!! どかないなら無理にでも通るぞ!」


 焦りの乗った声に、ラインメタル大佐は目つきを厳しくした。


「退かせるだと? 我々の車のナンバープレートをよく見たまえ」


 思わず目を見開く。

 それは、通常の物とは全く違う––––特別なナンバープレートだった。


「“外交官ナンバー”……ッ! これを付けている車両に官憲は一切手出しできないという?」


「わかってるじゃないか捜査官くん、我々の車には特権に基づく“不可侵”が適用されている。無理矢理こじ開けて通るのはやめていただきたいね」


「貴様ァッ!『外交特権』を乱用するつもりかぁッ!!」


『外交特権』。

 それは駐在先の外交官が与えられる、一般人とは全く異なる特別な権利と保護。


 絶対的な“不可侵権”と“治外法権”を有しており、この場合における解はただ1つ––––


 ––––アルト・ストラトス王国外交官の乗る車両は、公館と同じ扱いのため決してミリシアが干渉することはできない。

 つまり、クラークたちは車による脱出が完全に不可能となったのだ。


「街灯の修理費はもちろんこっちが出すよ、まぁ悪いがゆっくり待っていてくれたまえ」


「バカなッ!! そんなっ! そんな理不尽が通じるかぁッ!!」


「こちらは与えられた権利を行使したまでだよ、文句は貴国の外務省にでも言っておいてくれたまえ」


 完全に舐めていた……ッ!! まさか竜王級が超大国をこんな形で使ってくるとはっ。

 いや、例え時間がかかっても俺の正当性に揺るぎはない……!


 アリサ・イリインスキーを捕らえられるのは時間の問題だ。


「そ、捜査官殿……」


 だからこそ、部下の声は状況好転の報告だと勝手に信じ込んでいた。

 ヤツを処刑して、最高のキャリアを手に入れるために。


「公安本部からです……」


「増援の知らせか? だったら中央通りから急いで向かわせて––––」


 クラークの声は、すぐに遮られた。

 それは例え100回聞いても信じられない、受け入れたくない不可避の現実だった。


「“王政府”から……直々の追跡中止命令、です。活動中の公安はただちに全行動を停止せよと……」


 空いた口が塞がらない。

 クラークは遂に体を流れる大雨と汗の、区別すらつかなくなった。


「ありえない……、ありえない!! ふざけるな!! スパイが今も逃げてるんだぞ!! 王政府は正気を失い気でも狂ったのか!!」


「捜査官!! 落ち着いてください! そんなことを口走れば王家に対する侮辱となります!!」


 ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないッ!!


 眼前で笑みを浮かべたラインメタル大佐は、背を向けて自分達の車両へ帰っていく。

 こうなったら––––


 車内から部下を追い出し、クラークは通信機を剥がすように取った。

 相手はクラークの癒着相手––––キール国のベアトリクス政治少佐だ。


「現在のあなたの位置を……教えてください! このままじゃ真実がバレる! もう後がありません!!」


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