第145話・グラン&ミライVS王国国家公安本部
大英雄グラン・ポーツマスは、大雨の街を裂くようなスピードで車を走らせていた。
力強い4輪とエンジン音が、明かりの消えた薄暗い大通りを突き進む。
「5年間無事故無違反を達成して、クリスタル免許も行けるかと内心思っていたが……」
一時停止必須の曲がり角を、スライドするようなドリフトで強引に曲がる。
周囲の車両から一斉に浴びせられるクラクションを聞きながら、大英雄グラン・ポーツマスは笑みをこぼす。
「久しぶりにかっ飛ばすのも悪くない、段々ノッてきた。ノーマル免許万歳だ!」
「やっぱマスターって、頼み事を全く断れない性格ですよねぇ。絶対こうなるってわかってたのに」
ずぶ濡れで作業を終えたミライが一言。
さっきまで半分空いていた席が、ミライとグラン……そしてローブを纏った何かで埋められていた。
ちなみに、開幕で魔力変圧所を破壊したのも彼女だ。
「僕はアルスくんの計画が人道と倫理、何より正義にもとると判断した。大英雄として今遵守すべきは道交法じゃなく––––」
赤信号を全速で走り抜け、一気に4車線道路へ飛び出す。
「公正な未来と正義だ! おっとっ!?」
進路を先読みしていたのだろう、サイレンを響かせた公安の車両が一気に真後ろへ追いついてきた。
助手席のクラーク捜査官が形相を変える。
《そこのキューベルワーゲン! 止まりなさいッ!!!》
やはり助手席と後部席のローブに反応したらしい。
公安はこの車両を、事件関連車両と判断したようだ。
「どうします〜?」
「彼らを極力こちらへ引き付けるのが、今回の僕たちの仕事だ。ミライちゃんはしっかりつかまってなよ!」
ピーク過ぎで交通量はかなり少ないが、グラン&ミライペアは公安とのカーチェイスに突入する。
追ってくる車両を、ミライは即座に数え上げた。
「6台です! 他は見えません!」
「了解した! ならちょっと遊んでやろうッ!」
言うが早いか、グランはレバーを動かしながら大きくハンドルを切った。
「おわっとっとぉッ!!?」
振り落とされかけたミライが、必死で車体を引っ掴む。
それは、普段の超安全運転からは決してあり得ない光景。
どう足掻いても無理だろうというタイミングで、グランは急ドリフトを決めたのだ。
「なああぁああああッ!!?」
直進するだろうと思っていたクラーク捜査官たちは、離れ業とも言えるカーブに窓ガラスへ張り付くしかない。
化かされたような顔で、十字路をそのまま直進していった。
「おぉ〜、決まりましたなぁ! マスターやるぅ!」
「たぶんこれで数分は稼げるだろう、どうせすぐに追いついてくるだろうがね。だが良いぞ……たぎってきた」
「うひゃぁ〜……マスターその顔怖いって」
普段温厚な人間がカーチェイスをすると、こんなにも豹変するのか。
ミライはアルスがブチギレた時と同様、普段とのギャップにちょっと驚く。
「ところでさっき僕を断れない人間と言ったね、ミライちゃん」
「言いましたね」
「それは君もじゃないか? 保身が勤務にも出てるのは上司の僕が一番知っている––––なぜ今回アッサリ彼を手伝ったんだい?」
「えっ、決まってるじゃないですか」
グランの問いに、彼女はフードの下でニッと笑い即答した。
「アイツのことがこの世で一番大好きだから、信用できるから。生徒会のみんなと最高の“未来“を作りたいからですよ」
「最高の未来……か、君らしくって良いじゃないかミライちゃん。よっ!」
今度は急加速。
衝突も辞さないような曲がり角での待ち伏せを、グランは華麗に回避した。
大英雄グラン・ポーツマスは、かつて大陸最強のモンスターであった魔獣王という存在を討ち倒している。
そんな彼に、たかだか公安の不意打ちなど通じるわけがない。
「また6台揃いました! たぶん……これが今いる全部です!」
「よし、アルスくんの想定通りだ」
グランは車載の私物通信機を、空いた左手で掴んだ。
「大佐! 30秒後に通過します! あとは任せました!!」
《あぁ、了解した》
通信機越しに、彼の恩人は一言だけ返した。
一方、徐々に車間距離を詰めつつあるクラーク捜査官は助手席で手を握りしめていた。
あからさまに怪しいローブ姿が4人、間違いなく収容所を襲った竜王級とアリサ・イリインスキーが乗っている!
「もう少しだ……!」
捕らえられる……! あともう僅かに詰めて激突の指示を出せばチェックメイトだ。
いよいよ伏せられたナンバープレートまで見えた、その瞬間だった。
「そ、捜査官……ッ!!」
部下の運転手が叫ぶと同時、急ブレーキを踏んだ。
眼前のT字路をキューベルワーゲンが左折した途端、黒塗りの高級車が右から突っ込んできたのだ。
「なにっ!?」
ちょうど間へ割り込むようにして、街灯に控えめで衝突する車両。
それも1台ではない……2台、3台とムカデのように連なって次々と衝突事故を起こしたのである。
「ッ……! おいおいおいおいっ! どうなってる!?」
突如現れた車両群によって、T字路の根本は完全に防がれてしまった。
先頭の衝突車両には––––アルト・ストラトス王国の国旗が付いていた。




