第144話・魔導士収容所制圧
「急げっ!! 状況はどうなっている!!」
アリサ・イリインスキーの処刑を実施するため、収容所へ向かっていたクラーク捜査官はかなきり声で怒鳴っていた。
彼が乗る4人用のこの車は、公安では一般的な4輪の魔導車両。
赤と白のラインであしらわれた、サイレン付きの巡回車だ。
その車中で、車載通信機から混線した声が響く。
《正体不明の敵が襲撃中! 特殊対処班も無力化され、対応が追いつきません!!》
《こちら警備3班!! 侵入者が地下から地上を目指しています! 現在交戦中!》
通信の声に混じって、ノイズの乗った銃声が鳴り渡っている。
一体どういうことだ、なぜよりにもよって今日この日に、あの収容所でこんなイレギュラーが……っ!
そこまで思考した時、クラーク捜査官はハッと助手席で顔を上げる。
勢いに任せて通信機を取った。
《こちらクラーク捜査官! 敵の特徴を教えろ!!》
現場の警備員から、息切れと共に返事がくる。
《全身フード付きローブでよく見えません! 魔力等級も不明! 身長は170程! 武器は銃を持っています!》
「死者は!?」
《敵は低致死性弾を使っています! 死者はゼロ! ––––やばい! 突っ込んでくるぞ!! 通すな!!》
激しい銃声で声がかき消される。
それ以降、通信は一切返ってこなくなった。
クラークは至急付近の巡回車へ、集結するよう指示を出す。
敵に殺意はない、そして異常なまでの強さ。
さらに地下の収容所まで到達された……。
地下の……収容所?
「まさか……ッ」
手で顔を押さえながら、クラークはスーツの内側を冷や汗で濡らした。
侵入者は、わざわざ魔力等級測定器付きの監視カメラを全部破壊している。
エルフ王級や魔人級だったとして、等級を隠す意味はない。
もしあり得るとするなら、それがこの世でたった1人しか持たない特別な等級だと仮定すれば……!
「あのッ……!! クソガキッ!!! 一体どうやってここまで気づいた!!」
歯軋りしながらクラークが叫んだのと同じ頃。
アルスは遂にエントランス近くまで戻ってきていた。
「待てッ!! 止まれぇッ!!!」
入り口で待ち構えていた警備が、一斉に9ミリ自動拳銃を俺へ向かって連射した。
すぐさまロビーの受付口へ飛び込み、銃弾を回避。
「よっ」
排莢した薬莢を、2、3個天井へ向かって放り投げた。
人間、上から飛んできたものには条件反射で動いてしまう生き物だ。
警備員が空薬莢目掛けて乱射した瞬間、俺は半身だけ出して彼らへ非殺傷弾を撃ち込んでいった。
外に飛び出すと同時、面していた大通りへ1台の車がドリフトで侵入してきた。
運転席と後部席に、同じローブ姿の人間が2人––––
「どうだ、上手くいったかい!?」
運転席から、マスターこと大英雄グラン・ポーツマスがハンドルを手にこちらを向く。
天井のない車なので、大雨をくらってびしょ濡れだ。
「幸いアリサはまだ連行される前でした! 事前の計画通りです!」
「そうか……なら良かった、ミライちゃん!!」
「まっかされましたぁ!!」
後部席のミライが、ガチャガチャと作業を始めた。
遠くの曲がり角から、けたたましくサイレンを鳴らした公安車両が飛び出してくる。
「マスター! そっちは大丈夫ですか?」
「あと数十分持ち堪えれば、たぶん公安は何とかなるよ! だから––––」
ギアを操作し、マスターはエンジンをふかす。
「お互い––––最後までやり切って、不埒共に泡を吹かせようじゃないか。数年ぶりの交通法ガン無視運転だ!!」
「期待してますよ! 大英雄の腕前を!!」
最高に楽しそうな表情で、マスターは車を発進させた。
普段の安全運転からは信じられない、凄まじい飛ばし方だ。
俺は追撃してきた公安に見つからない内に、急いで路地の影へ入った。
「さて……、このままミリシアから逃げられると思うなよ。––––セヴァストポリ!」




