第143話・わたしは今まで嘘をついてきた、けれど溢れるこの気持ちは……きっと嘘じゃない
天井から垂れた雫が、アリサの頬に当たって弾けた。
牢獄の中で処刑を待つだけという地獄にも等しい時間を、彼女はジッと倒れながら過ごしていた。
「………………」
力なく開けられた瞳に、抵抗の光はない。
––––わたしは……、救いようのない嘘つきだ……。
ひたすらに、懺悔と後悔を繰り返す。
どこで道を間違えたんだと問うこともない、この結末は最初から決まっていたのだ。
みんなに嘘の笑いを浮かべ、嘘の言葉をしゃべり、嘘の約束を取り付けてきた。
嘘、嘘、嘘ばっかり……、それがわたしの学園における本当の顔なのだ。
クソ過ぎて笑える……。思えば、あのベアトリクスとかいう政治将校に付き従ってしまったのが事の始まりだった。
党の幹部であった父が命を狙われ、灯火が失われる寸前––––ベアトリクスは”ある事“をわたしにしてくれたのだ。
それをきっかけに、こんな捨て駒へされるとは知らず……。
結局生徒会のみんなを悲しませて、葉巻のように使い捨てられる消耗品だったなぁ。
鉄扉の向こうが、ふいに騒がしくなる。
「し、にゅ––––しゃだ! 絶対に……通すな!!」
もう聞こえる声も遠いや……。どうでもいい。
このまま死ぬのが運命と言うなら、甘んじて受け入れよう。
わたしはそれに値するだけの嘘をついてきた、ベアトリクスの指示で少なくない命も奪ってしまった。
これは……贖罪であり、自身への罰なのだ。
再び目を閉じようとした瞬間だった。
「サッ……! リ…………サッ!!」
微かに聞こえた誰かの声、それは間違いなく。
「アリサああぁァアアッ!!! どこだぁッ!!!!」
身体が飛び起きるように反応した。
えっ……? なんであの人がこんなところに。
いるはずがない、来るはずがない……だって、わたしは彼をっ。
困惑と困惑と、さらにもう1つ困惑を重ねながら––––アリサは彼の名を叫んだ。
「アルスくんッ……!!」
「っ!! そこか!」
何度か銃声がした後、乱れた足音が扉の前で止まった。
「アルスくん……っ? なんでここにッ」
「いいから、ちょい前をどいてろ。危ないから」
四肢を縛られているので、その場から飛ぶように真横へ逃げる。
刹那、やたらと大きい音を立てて分厚い鉄扉が吹っ飛んだ。
廊下の光を背に––––王立魔法学園生徒会長、アルス・イージスフォードは立っていた。
「よう。久しぶりだなアリサ」
「アルス……っ、くん」
思わず目を背ける、今さら彼を見る資格なんてわたしには––––
「なにつまんないこと考えてやがる、いつものバカみたいな元気はどこいった?」
「見れないよ……、こんな醜い嘘つきにはさ。しかも……どうしてここにいるって突き止めれたの? 収容施設は王都中にあったはずだけど」
「お前が生徒会室でユリアに殴られた直後、襟に使い捨て発信器を付けといた。魔導タブレットとリンクできるやつな。めっちゃ値段高かったんだぞ」
見えないが、大仰に手を振っているだろう。
「生徒会の備品リストには……そんなの無かったけど」
「俺の私物だからな、あったら困る」
「ッ!!!」
何を言ってるんだこの人は。
それってつまり––––
ほぼ反射で、驚きのあまり彼の顔を見上げる。
「自腹で、買ったの……?」
「当然だ、バイト代1ヶ月分だったが……尾行任務には必要だろ?」
「それってストーカー?」
「ファンタジアで尾行してきたお前とユリアには言われたくない、ほれ––––腕貸してみろ。今外す」
銃をスリングで下げ、わたしの拘束を解きに掛かる。
聞かずには、問いただすにはいられなかった。
「こんな嘘つき……助けてどうすんのよ、収容所まで襲っちゃってさ。これじゃぁ……アルスくんが逆に捕まっちゃう」
「あぁ、正直ヤベーことしてる感は否めない。けどなアリサ」
バキンッと、魔力封じの手錠がアッサリ砕かれた。
「会長たる俺が、勝算なしで突っ込む鉄砲玉に見えるか?」
見えない、それはきっと事実なのだろう。
逮捕されるのが確定していることに、わざわざ突っ込む人じゃない。
「つっても他人頼りだけどな、マスターにその辺全部頼んでるからまぁ心配すんな。ほれ––––足も動くだろ? 立てるか?」
「……無理だよ、ここを出られてもわたしに自由はない。相手が国家じゃ絶対に逃げられ……」
「ベアトリクスとセヴァストポリ、お前を使い捨てたのはそいつらだろ?」
「ッ! ……なんでっ!」
「知ってるのかって? 学園に帰ったらじっくり聞かせてやる––––よっ」
力強い手に引っ張られ、わたしは数十時間ぶりに立ち上がった。
いやダメだ、行っちゃダメだ……もし行けば、今度こそみんなを殺してしまう。
ベアトリクスの切り札が魔の手を伸ばしてしまうッ。
「あっ、そうだアリサ。生徒会室の下にあった“アレ”な、昨日撤去してもらったから」
「……へっ?」
自分でも笑ってしまうくらい、人生一のマヌケな声が出てしまった。
えっ、撤去って……つまり。
「もう……アレないの?」
「当たり前だ。ベアトリクスとやらが仕掛けさせたんだろうが、金属探知機で探ったら一発だったよ。ミライは終始ビビってたがな」
「普通ビビるよ! しかも素人に撤去なんて……っ」
「俺には無理でも、専門家に依頼すりゃ造作もない。半日で終わった」
わたしの頭を撫でながら、アルスくんは優しく微笑んだ。
「他に足が動かない理由は?」
「その専門職って……絶対軍の人だよね? どうやって動かしたの?」
「フォルティシアさんと量産予定の『魔導照準器』を覚えてるか? アルト・ストラトスの特殊部隊全軍に無料で供給するって言ったら、ラインメタル大佐が朝には部隊を貸してくれた」
「っ!!!」
わたしは貫くように、思わず声を張り上げていた。
困惑と疑問符と、嬉しさと申し訳なさがごちゃ混ぜになる。
涙が溢れて止まらない。
そんなの––––
「わたしなんかのっ、エグっ……ために使ったらダメじゃん!!! それはアルスくんの……えぅ、アルスくんがお金持ちになるためのやつじゃん!!!」
「お金持ちね……、まぁ悪くはないがな」
突如、わたしは彼に引き寄せられた。
絶望なんて無縁と言っていい、力のこもった瞳がすぐ近くに来た。
「却下だ、俺は生徒会を––––お前らという特別な“家族”をずっと守りたい。金は目的じゃない、そのための手段だ」
「家族……っ」
弱っていた心臓の鼓動が速くなる。
まだ走ってもいないのに、ドンドン息が荒くなって顔が熱くなる……っ。
それは、今まで抱いたことのない全く新しい感情。
ドキドキして、もう反論が全然浮かばなくなった。
こんなの、こんなのズルいよ。
こんなこと言われたら、
もう君を……、二度といつもの目で見られないじゃん。
「これで十分か? 悪いが時間がない、ここからが本番だぞ」
アルスくんに連れられて、わたしは人生の終着地である収容所から引っ張り出された。
溢れるこの気持ちはきっと……、“嘘なんかじゃない”。




