第141話・準備は全て済んだ、キールと汚職公安には人生全部を賭けてもらおう
––––8月27日。
アリサの処刑が行われるまさに今日、俺たちは行動を開始すべく喫茶店ナイトテーブルに集結していた。
「えっと……、マジでやるんだよね?」
普段なら絶対着ないような黒のローブを纏いつつ、確認してくるミライ。
同じくローブを着込み、俺は灰髪までフードで隠しながら即答した。
「そのために集まったんだ、アリサは俺たちで必ず助ける。キールも汚職公安も徹底的にボコった上でな」
「ひゃ〜……気合い入ってるわね。まっ、わたしもこう見えてやる気満々なんだけどさ」
「奥手なお前にしちゃ、ずいぶん本気だなミライ」
「当然でしょ、暗躍するスパイや汚職捜査官から友達を助ける––––王道の超胸熱シチュじゃん!」
一見ふざけているようにも聞こえるが、彼女は今回の作戦のためにとんでもない作業量を手伝ってくれた。
熱意と想いは本物だろう。
「けれどアルス兄さん、ホントに良いわけ?」
「何がだ?」
同じく全身黒ローブのカレンが、若干迷ったような素振りで剣を鞘へしまう。
亜麻色の髪は、すっかり隠れていた。
「ユリア姉さん……来てくれるかわかんないんでしょ?」
そのことか……、俺は努めて冷静を装いながらM1897ショットガンを手に取った。
ズッシリとした冷たい銃は、まさしくナイトテーブルを覆う空気そのもの。
「俺ができるのは選択権の譲渡まで、アイツが来てくれなきゃワンチャン作戦は破綻するが……ユリアの心情を無視したら意味ないだろ」
「万一助けれても、ユリア姉さんはアリサさんを許さない。最悪––––彼女が当人を殺してしまうかもね」
「あぁ、だから俺は1秒でもユリアに考える時間を与えたい。その上で来てくれなきゃ……まぁそんときゃそん時だ」
銃に弾を込め、ガシャンッとコッキングした。
「アルスくんらしいね、僕はそういう考え嫌いじゃないよ。むしろ大好きだ」
車のキーを指でクルクル回しながら、マスターこと大英雄グラン・ポーツマスがやってくる。
やはりこちらも全身黒ローブ。もうここまで来るとこっちが闇ギルドのような様相だ。
まぁ……これから行うことを考えれば、あながち間違いでもないが。
故に、俺は改めて確認する。
「マスター、本当に問題ないんですね?」
「問題?」
「今回の作戦の初期段階––––見た目上、もし小説ならこっちが悪役と思われても不思議じゃないもので」
「そういうことか、重ねて言うが問題ない。今日起きる大騒ぎの救出作戦……後処理は全て僕の方で調整できる。アルスくんが最初にやることもね」
「グラン兄、ファンタジアの時なにもできなかったからって張り切り過ぎじゃん。根回しがエグ過ぎて引くわぁ」
「カレンの方こそ、ずいぶん人数集めたみたいじゃないか」
「アルス兄さんにはアルテマ・クエストで助けられた借りがあるのよ! こんな無茶に付き合うのはこれっきりだから!」
兄妹の微笑ましい会話を、俺はパンっと手で叩いて遮った。
「みんな、改めて協力に感謝する。これから行うのはかなり危険な作戦だ、引き返すなら––––今がラストチャンスだ」
全員が「今さら」と、笑いながら返す。
「アルスくん、ラインメタル大佐ともさっき連絡が取れた。軍の準備もオーケーだそうだ」
「了解です」
さて……ここまでの時間、準備にリソースを割かれ、汚職公安もキールも調子という調子に乗りまくっている。
そろそろ思い知らせてやろう、王立魔法学園生徒会を利用しようとすれば––––人生全部を失う覚悟が必要であると。
個人じゃ組織に勝てない? 能力だけの青二才?
教えてやろうじゃないか、“驕れる者久しからず“という言葉の意味をな。
外は明かりが必要なほどの暗雲に、土砂降りの豪雨。
みんなが所定のポジションに着くと同時、俺は右手に持ったガンケースを握りながらそれを見上げた。
名を––––『王都魔導士収容所』、ここにアリサが捕らえられている。
時計の針が午前10時に迫った。
「3、2、1––––」
土砂降りの中、俺はガンケースを落とすように開いた。
「今っ!!」
数キロ離れた場所から、轟音と衝撃波が発生した。
病院など人命に関わる施設を除いた、一帯を統制する魔力変圧所の爆発だ。
一斉に街の明かりが消えた瞬間、俺は収容所のエントランスへ正面から突っ込んだ。




